研究課題
がん細胞は、過酷な条件下でも周囲の栄養や環境に応じて代謝を巧みに適応させることで旺盛な増殖を支えている。このような生存のための代謝適応は、がん治療の有望な標的になると考えられるが、エネルギー代謝のスイッチ機構は不明な点が多い。申請者はこれまで、グルコース輸送体のひとつであるグルコーストランスポーター1(GLUT1)を欠損したヒト大腸がんGLUT1-/- DLD1細胞は、野生型細胞に比べ、エネルギー代謝表現型が解糖系から酸化的リン酸化へ大きくシフトしていることを見出した。そこで本研究は、GLUT1-/-細胞を用いてエネルギー代謝のスイッチ機構を明らかにし、それを標的とした小分子阻害剤を開発することを目的とした。本年度は、主にGLUT1-/-細胞の代謝表現型を調べた。GLUT1-/-細胞は野生型細胞に比べ、グルコース取り込み能は半分程度に低下したが、増殖速度に違いはなかった。また、他のグルコーストランスポーターであるGLUT2、GLUT3およびGLUT4の発現量にも違いはなかった。LC-MS/MSを用いたメタボローム解析で両細胞の細胞内代謝物を比較した結果、GLUT1-/-細胞ではアセチルCoAが顕著に増加しており、TCA回路関連代謝物も総じて増加している傾向がみられた。代謝スイッチに関わる分子や経路を特定するために、両細胞のMSベース定量的プロテオーム解析を行い、タンパク質の発現変化を比較した。その結果、GLUT1-/-細胞では定量値のついた約6,000タンパク質のうち約400タンパク質が有意に増加あるいは減少していた。これらの変動タンパク質を用いてエンリッチメント解析をしたところ、脂肪酸、ピルビン酸、アミノ酸などの代謝に関わるパスウェイが上位にランクした。今後さらにプロテオーム解析を進め、代謝スイッチとの関連を調べていく。
2: おおむね順調に進展している
本年度は主にグルコーストランスポーター1(GLUT1)を欠損したヒト大腸がんGLUT1-/- DLD1細胞の代謝表現型解析を計画し、当初の予定通りおおむね順調に進んだ。メタボローム解析やプロテオーム解析等のオミックス解析を駆使して代謝表現型の全体像をつかむことができたが、両解析とも検出限界があったり擬陽性を検出する場合があるので、今後慎重に解析を進めていく必要がある。
今後は引き続きGLUT1-/-細胞のエネルギー代謝表現型解析を進める。メタボローム解析やプロテオーム解析のさらなる検討を行い、代謝スイッチに関わる分子や経路の解明を目指す。そして、代謝スイッチに関わる分子や経路が同定されれば、それらを標的とした小分子阻害剤のスクリーニング系を構築する。
実験用消耗品等にかかる物品費や成果発表にかかる旅費が当初見込んでいた費用を下回ったため、次年度使用が生じた。この残額は、次年度の物品費あるいは旅費として使用する予定である。
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