自然環境中の枯草菌は、様々な環境ストレスから身を守るためにバイオフィルムと呼ばれる3次元的な微生物集団の塊を作って生活しており、集団中の各々の菌体が役割分担をすることで(細胞分化)、集団生活を維持していることが、近年わかってきている。 本研究は、バクテリオファージ由来のDNA組換え酵素による不可逆的な部位特異的DNA組換え反応を利用して、細菌の分化状態を染色体DNA上に情報として記憶させる”in vivo ゲノム記録法(RIGR法)"の技術的基盤を確立することを目的に研究を行ってきた。これまで、SPbetaファージ由来のDNA組換え酵素SprAを利用して、枯草菌における細胞分化状態記録株の作製を試みてきたが、うまくいかなかった。 そこで2022年度は、可動性因子Ginに由来するDNA組換え酵素GirCを利用した。その結果、枯草菌の代表的な特徴的である、胞子形成細胞への分化および外来DNA受容細胞への分化を染色体DNA上に記録する枯草菌株を樹立することが出来た。これらの菌株は、一度胞子形成細胞、あるいは外来DNA受容細胞に分化すると、染色体DNA上に導入された蛍光タンパク質遺伝子が部位特異的DNA組換え反応によって活性化され、その後の環境変化により脱分化しても、常に蛍光タンパク質を発現し続ける。これにより、胞子形成細胞・外来DNA受容細胞へ分化した菌体のその後の挙動を1細胞レベルで追跡できる。 本研究課題期間内には、得られた菌株を用いたバイオフィルムの解析には至らなかったが、本研究によって確立されたRIGR法は、細菌集団内の菌体状態の変遷を履歴を1細胞レベルで解析できる新技術として、今後の集団微生物学の研究に貢献すると期待できる。
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