本研究で,抗菌性の塩基性ポリアミノ酸であるポリ(ε-L-リシン)(ε-PL)の放線菌による「準普遍的」な生産に着目し,ε-PLおよび類縁ポリマーの生産と機能に関する生物学的意義を調査した。 これまでに,(1) いくつかのε-PL 生産株が,くし状構造を特徴とするポリ(L-ジアミノプロピオン酸)を併産することを見出し,その抗菌活性を評価した。また,(2) 特定の放線菌株が生産するポリ(γ-D-ジアミノ酪酸)(γ-D-PAB)は,その鏡像体ポリマーであるポリ(γ-L-ジアミノ酪酸)(γ-PAB),あるいはε-PLなどと異なり,弱酸性下で生合成されることがわかった。γ-D-PABをε-PLと併用することで,枯草菌や出芽酵母に対して抗菌能の発現に相乗効果をもたらした。 さらに,これらポリマーの環境応答分子としての性質を調査し,以下の知見を得た(最終年度成果)。(3) ε-PL/γ-PAB併産菌のいずれか一方のポリマー生合成遺伝子を破壊した変異体は,強酸性条件において,野生型より生育が旺盛になった。生産したポリマーを菌体表層に「まとう」ことでpH恒常性を維持する一方で,その生産には著しいエネルギー消費を伴うことから,ポリマーの過剰な生産は生育に抑制的に働くことが考えられた。 (4) 高密度生育下において,ε-PL生産を停止する菌株がある。これら菌株を低密度で培養する際,ブチロラクトン誘導体(菌体密度を感知するシグナル分子として知られている)を添加したところ,無添加区と比較してε-PL生産性に有意差は認められなかった。新規な生産制御機構の関与が示唆された。 (5) ε-PL生産株に鉄イオンを添加して培養したところ,無添加区と比較してポリマー生産性に有意差は認められなかった。ε-PLにはシデロフォア(鉄イオンを捕捉する化合物)様の性質は備わっていないことが考えられた。
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