昨年度まで、水耕栽培したイネ幼苗(品種:日本晴)に塩処理すると水耕液に多量のインドール-3-酢酸(IAA)とその代謝物が排出され、遊離IAAと代謝物の総量を植物体内の量と合算すると無処理に比べて約2倍に増加することを見いだした。本年度はこの結果をふまえ、IAA代謝物組成の変化と遊離IAAと代謝物の総量の増加がイネの他の品種でも見られるかを検討した。熱帯ジャポニカ4品種とインディカ4品種について日本晴と同様に塩処理をおこない、LC-MS/MSにより植物体中と水耕液中のIAAと8種の代謝物を定量した結果、すべての品種において水耕液中の代謝物量が増加し、実質的に日本晴と同様のIAA代謝プロファイル変化が観察された。また総IAA量も2-3倍に増加した。日本晴(温帯ジャポニカ)、熱帯ジャポニカとインディカとの間に特徴的な差は認められず、塩処理によるIAAに関する変化はイネに共通な反応であると考えられた。 次にIAA関連化合物の水耕液中への排出にABCトランスポーターが関与するかどうかを調べるため、ATPaseの阻害剤であるNa3VO4の効果を調べた。塩処理の際にNa3VO4を共存させたところ、塩処理のみに比べ水耕液中に排出されるOxIAA-AspとDiOxIAA-Aspの量が減少したのに対し、排出されるIAAとOxIAAの量は増加した。この変化パターンは植物体内の量を合計しても同様であり、Na3VO4は塩処理で特に顕著に増加するDiOxIAAやDiOxIAA-Aspの生成を抑制し、結果的に遊離IAA量を増加させることがわかった。またNa3VO4は塩処理による遊離IAAと代謝物を合算した総IAA量の増加も抑制した。この結果は、ATPを必要とするIAAの代謝に対する阻害効果によるところが大きいと考えられ、排出におけるABCトランスポーターの関与については明確な手がかりが得られなかった。
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