研究課題/領域番号 |
19K05901
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研究機関 | 東京工科大学 |
研究代表者 |
野嶽 勇一 東京工科大学, 応用生物学部, 教授 (30332282)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 乳酸菌生産物質 / 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH) |
研究実績の概要 |
非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)のモデルマウスに豆乳の乳酸菌発酵ろ液(以下、本発酵ろ液)を摂取させ、NASHの進行に及ぼす影響の評価を試みた。NASHのモデルマウスとしては、ヒトと類似した病態進行(脂肪肝からNASH、肝がん)を示し、2週間で脂肪肝から結節性病変を示すSTAMマウスを用いた。 まず、体重を基準にして5週齢の雄性STAMマウスを群分けし、本発酵ろ液の凍結乾燥粉末を混合した高脂肪飼料を実験群に4週間与えた。飼育期間中は行動や排泄物の異常の有無を確認するとともに、体重と摂食量を記録し、糞便を回収した。飼育終了時に全マウスを解剖し、回収した血液を生化学的検査に供した。また、肝臓については重量を測定後、組織切片を作製し、病理組織学的検査を行った。NAFLD Activity score (NAS)による評価法に基づいて、脂肪化、肝実質の炎症、肝細胞障害の各検査結果をスコア化し、これらの解析実験から得られたデータを高脂肪飼料のみを摂取させたマウス群(対照群)と比較した。 その結果、対照群では体重が顕著に増加し、肝機能を反映する数値が悪化した。肝臓切片の解析からも、6週目に肝臓への脂肪の蓄積、8週目に脂肪肝、9週目には肝線維化が観察され、これらの状態変化に伴ってNASも大きく上昇した。一方、本発酵ろ液を摂取させた実験群のマウスでは、肝重量と血漿TG値が低下傾向を示した。また、風船様肝細胞の形成や脂肪滴の蓄積、リンパ球および好中球を含む炎症性細胞浸潤の減少が見出され、NASの増加も抑制された。以上のことから、本発酵ろ液には、脂質代謝やNASH病態に対する改善作用があることが示唆された。 なお、本発酵ろ液が示したこの有用作用の作用点を明確にするために、解剖時に回収したマウスの肝臓から全RNAを抽出し、これを用いたDNAアレイ解析をすでに開始している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
乳酸菌を用いた発酵食品(特にバイオジェニックスに分類される食品)がNASHの抑制に関与していることを示唆する報告は未だ十分ではない。本研究で研究対象とした豆乳の乳酸菌発酵ろ液は、調製の最終工程(ろ過)で菌体(乳酸菌)を除去していることから、腸管との観点からはバイオジェニックスに分類される。本研究では、次年度以降にDNAアレイ解析や定量PCR解析に基盤を置く分子レベルの研究を視野に入れており、本発酵ろ液から得られる作用機序や生理活性物質に関する新たな知見は、医・食両分野の研究の進展に繋がると期待されている。 本年度は、①NASHのモデルマウスに対する本発酵ろ液の摂取実験、②解剖時に回収した血液の生化学的検査と肝臓の病理組織学的検査、を中心に取り組んだ結果、本発酵ろ液に脂質代謝やNASH病態に対する改善作用があることを強く示唆するデータを得ることができた。この研究成果は、本研究全体の基盤となる重要なデータとして位置付けており、これまでの研究が順調に進展していることを示している。また、今後の研究において、本発酵ろ液が肝実質細胞の遺伝子発現や代謝経路に及ぼす影響を明確にしていく上で、強力な推進力となると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
高脂肪飼料に豆乳の乳酸菌発酵ろ液を混餌して摂取させたマウスについて、解剖時に回収した肝臓を使用して、DNAアレイ解析を引き続き行う。肝実質細胞内での遺伝子発現の状態を網羅的に解析することにより、「本発酵ろ液によって発現量が変動した遺伝子」を特定することができる。さらに、当該の遺伝子を対象としたゲノムデータベース検索を行い、その遺伝子が関与している代謝経路の候補を挙げる。次いで、代謝経路候補を構成する遺伝子群を対象として、定量PCR解析も実施する。これらの手順を経ることにより、「本発酵ろ液によって影響を受けた代謝経路とその影響の程度」を定量的に捕捉できるようになるため、NASHを改善する上での本発酵ろ液の作用点をより鮮明に浮き上がらせることができる. また、隆盛を誇るマイクロバイオーム研究の成果の一つとして、肝疾患と腸内細菌叢との深い関連性が挙げられる。本発酵ろ液が腸内細菌叢に及ぼす好ましい影響が、NASHの改善に繋がる可能性も十分に考えられることから、腸内細菌叢を構成する微生物の菌叢解析を行う。すなわち、動物飼育実験において回収したマウスの糞便からRNAを抽出し、これを鋳型として合成したcDNAを用いた定量PCR解析を行う。対照群や本発酵ろ液の摂取前後での比較に基づき、本発酵ろ液の摂取による腸内細菌叢への影響を明らかにする。変動の見出された微生物については、その機能性を検討する。本発酵ろ液が示すNASH改善作用の作用機序としては、遺伝子発現への影響を「直接的作用」、腸内細菌叢に及ぼす影響を「間接的作用」と位置付ける。
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