研究課題
ピロリ菌の胃内慢性感染は、胃粘膜病変の主要因と理解される。ピロリ菌が宿主胃上皮細胞に注入する細菌性タンパク質CagAは、その単独トランスジェニック発現がマウスの胃にがんを自然発症させる。CagAが持つ発がん活性の本態を分子レベルで明らかにするために、アフリカツメガエル初期胚にCagAの異所性発現を行った結果、CagAがWnt-PCP(Planar Cell Polarity・平面内細胞極性)シグナルの伝達異常を惹起すること見出した。CagAを発現させたヒト培養胃上皮細胞などを用いた解析から、CagAがWnt-PCPシグナルの主要分子Xと複合体を形成すること、このCagA-X結合がWnt-PCPシグナルの下流エフェクター分子(RhoA, Rac1)の活性亢進を引き起こすことを明らかにし、CagAを注入できるピロリ菌株の感染によって、宿主の胃上皮のWnt/PCPシグナル伝達が脱制御される可能性を提示した。私はこの研究成果を論文としてまとめ、現在、国際専門誌に投稿中である。同時に、ピロリ菌CagAの既知の主要標的分子である細胞極性制御キナーゼPAR1の基質同定研究を並行して実施した。その結果、PAR1キナーゼの新規基質分子として、DNA傷害修復分子BRCA1を同定した。CagAによるPAR1キナーゼ活性の抑制は、BRCA1のリン酸化低下を引き起こし、BRCA1を細胞質に停留させる。BRCA1の細胞質停留は、BRCA1の本来の機能として知られる「核内におけるDNA損傷の修復」を阻害する。以上の機序により、ピロリ菌からCagAが注入された細胞では、修復機会を逸したゲノムDNA変異が蓄積するため、ゲノム不安性が生じることが示された。細胞極性制御とゲノム安定性制御を直接繋ぐ分子機構の発見は、ピロリ菌感染による胃がんのみならず、広範の上皮がん種の発がんに関わる機序である可能性が考えられる。
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Cell Host & Microbe
巻: 29 ページ: 1-18
10.1016/j.chom.2021.04.006