研究課題/領域番号 |
19K05953
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研究機関 | 秋田県立大学 |
研究代表者 |
岡野 桂樹 秋田県立大学, 生物資源科学部, 教授 (40147070)
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研究分担者 |
筒井 直昭 三重大学, 生物資源学研究科, 准教授 (00643785)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 寄生性フジツボ / イソガニ / 卵巣 / ビテロゲニン / 造雄腺 / 造雄腺ホルモン |
研究実績の概要 |
男鹿半島では、雌カニは5月から8月にかけて数回卵巣が成熟し、受精した胚を腹部に抱える。一方、寄生された雌カニは卵巣の成熟が見られず、抱卵することもない。そこで、卵巣の成熟抑制をもたらす原因を探るため、卵巣に特異的に高発現するHs-Vitellogenin receptorなどの5種の遺伝子が寄生時にどのように変化するかをqPCRで検討した。その結果、調べた5遺伝子において、寄生による有意な減少は見られなかった。したがって、寄生性フジツボは宿主の卵巣機能を直接抑制するわけではないことが判明した。そこで、雌の中腸腺における卵黄タンパク質遺伝子の発現をqPCRで調べた。その結果、正常雌では卵巣の発達に応じて、劇的に増加するが、寄生された個体ではその発現量はほぼ0のままであった。以上の結果から寄生による雌カニの卵巣の発達抑制は、中腸腺で卵黄タンパク質の生産がほぼ完全に抑制されることが原因であることが明らかになった。ついで、寄生性フジツボの寄生によるイソガニ雄個体の造雄腺への影響を形態観察と造雄腺ホルモンの遺伝子発現の点から調べた。その結果、宿主の造雄腺の形態には大きな変化はなく、造雄腺ホルモンの遺伝子発現は減少せず、むしろ統計的には有意ではないものの、寄生されたときのほうが増加している結果が得られた。しかしながら、寄生雄個体の形態、すなわち、鋏の小型化、およびフンドシ部分の雌化は顕著に誘導されていた。この結果から、フクロムシの雄個体で見られる精巣への軽度の縮小傾向や形態の疑似雌化は造雄腺ホルモンの減少に由来しないことが明らかとなった。ほかに、次世代シーケンス用に、イソガニフクロムシとイソガニに寄生する未同定の1種のインテルナサンプルを液体窒素中に集積した。さらに、ヤツフクロムシでインテルナに高発現するCHHとNeuroparsinを大腸菌で発現するためのシステムを構築した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
寄生性フジツボ(和名フクロムシ)は、カニなどに寄生して、栄養を収奪し、宿主の生殖能力を奪う(寄生去勢)とともに、形態・行動を支配し、生きながらカニの一生をフジツボのための栄養供給装置・幼生扶育ロボットにしてしまう恐ろしい生物である。雌においては、顕著な卵巣成熟の抑制(寄生去勢)が見られ、そのメカニズムは不明であった。今年度の結果から、雌の卵巣成熟への影響が卵巣に対する直接的な効果というより、むしろ卵巣成熟のための栄養源のシャットダウンであることが判明した。当初、宿主の卵巣の単離培養系をつくり、それに対する寄生性フジツボホルモンの影響を調べる計画であったが、そうではなく、イソガニの中腸腺の単離培養系を作製し、中腸腺でのビテロゲニン遺伝子発現を寄生性フジツボホルモンがどのように制御するかを調べる必要があることが明らかになった。すなわち、標的を明確化できたという点で大きく進展した。 一方、雄への影響は、精巣の軽度の萎縮、形態の雌化(鋏の小型化、卵塊を支えるふんどし部分の幅広化)、および雌に見られる抱卵行動の惹起が起こることから、雄化の司令塔ともいうべき造雄腺と造雄腺ホルモンが抑制されることで生じると推測していた。しかし、今年度の結果は全く逆で、造雄腺はほとんど変化なく、造雄腺ホルモン遺伝子の発現はむしろ上昇していた。したがって、寄生によって雄個体に見られるさまざまな雌化現象が、造雄腺ホルモンより下流側への効果であることが判明した。これも今後の研究計画を具体化する上で鍵となる重要な結果であり、大きく進展した。
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今後の研究の推進方策 |
寄生性フジツボが雌のイソガニの卵巣成熟を抑制する現象の鍵が、雌イソガニの中腸腺でのビテロゲニン合成のシャットダウンによる可能性が明らかになったため、次の3実験に注力する。1)中腸腺の単離培養系を構築する、2)ヤツフクロムシの3種のペプチドホルモンCHH. NP, ILPホモローグを大腸菌発現系または化学合成により調製する、3)3種のペプチドホルモン、およびエクダイソンやMF (JH)などの脂溶性ホルモンの中から、ビテロゲニンを抑制する因子を探索する。 一方、寄生性フジツボが雄の精巣の軽度の萎縮と形態の雌化、行動の雌化を引き起こす現象については、造雄腺ホルモンによる直接的な効果が否定されたため、むしろ謎が深まった。精巣の軽度の萎縮は栄養源を寄生性フジツボに奪われるためとも考えられるが、形態と行動の雌化の原因は説明できず、全く不明である。形態変化の詳細、雌化行動の詳細をもう一度丁寧に調べ、適切な時期での遺伝子発現パターンの総体、すなわちトランスクリプトームをとる必要があることが判明した。 なお、男鹿半島の弁天崎周辺では、イソガニに、Sacculina属に属するヤツフクロムシ、Polyascus属に属するイソガニフクロムシ、およびHeterosaccus属に属する未同定のRhizocephala sp. Ogaの3属3種が寄生し、3種とも雄カニに形態と行動の雌化を引き起こす。ペプチドホルモンが関与するとすれば、3種のペプチドホルモンホモローグが同じ作用点に同様の効果をもたらすと思われる。そこで、すでにトランスクリプトームデータのあるヤツフクロムシに加え、イソガニフクロムシと未同定の種におけるインテルナのトランスクリプトームを作製し、ペプチドホルモンの相互の比較を行う。液体窒素で固定したサンプルはすでに採取すみであり、deep freezer中に保管してある。
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