モンゴルの西部から南部にかけて広がる山岳地帯には、高山環境に適応した希少な大型草食動物が生息している。本研究ではモンゴルのアルタイ山脈全域を対象とし、学術研究の進んでいない高山棲草食動物の遺伝的多様性の評価及び保全単位の提言を目的とした。解析には調査地で発見される糞や、死骸に残る筋肉片を用いた。野生ヤギ(アイベックス)と野生ヒツジ(アルガリ)の2種を対象としたが、野生ヒツジを観察することは難しく、採集できた試料が少なかったため、本研究では野生ヤギに絞って解析を実施した。遺伝的多様性はミトコンドリアDNAのDloop領域の塩基配列と、核DNAのマイクロサテライト17遺伝子座の多型から調べた。ミトコンドリアDNAの塩基配列は40個体で決定し、18種類のハプロタイプを確認した。核DNAのマイクロサテライトの遺伝子型は45個体で決定し、平均ヘテロ接合度の期待値は0.69、平均対立遺伝子数は7.8であった。ボトルネックの痕跡は確認されず、長期にわたり安定した集団であることが示唆された。ミトコンドリアDNAと核DNAの多型から、遺伝的多様性が高いことが明らかになったが、遺伝構造解析から複数の集団に分かれることが示唆された。山岳環境が連続して続く地域は一つのクラスターとしてまとまり、独立した山塊は別のクラスターとなり、低標高域に広がる平原が遺伝子流動に影響を与えていることが示唆された。全体で見れば遺伝的多様性の高い安定した集団であるが、山脈本体から離れた集団は遺伝的多様性が相対的に低く、集団間のコリドーを維持しながらモニタリングを継続することが保全上重要であると考えられる。
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