研究課題/領域番号 |
19K06100
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研究機関 | 独立行政法人国立科学博物館 |
研究代表者 |
久世 濃子 独立行政法人国立科学博物館, 人類研究部, 協力研究員 (60437192)
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研究分担者 |
河野 礼子 慶應義塾大学, 文学部(日吉), 准教授 (30356266)
坂上 和弘 独立行政法人国立科学博物館, 人類研究部, 研究主幹 (70333789)
澤藤 匠 (蔦谷匠) 国立研究開発法人海洋研究開発機構, 海洋機能利用部門(生物地球化学プログラム), ポストドクトラル研究員 (80758813)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 野生生物保全 / 大型類人猿 / 霊長類 / 熱帯雨林 / 自然人類学 / 法医学 / 動物行動学 / 受傷 |
研究実績の概要 |
本研究では、絶滅危惧種の霊長類オランウータン(Pongo属)を対象として、主に法医学(形態学)及び動物行動学の手法を用いて、野生個体の受傷痕(ケガの痕跡)を分析することで、野生下での生存リスクを明らかにし、本種の野生復帰事業を改善することを目指す。具体的には、(1)法医学的手法を用いて、博物館等に収蔵されている骨格標本を対象に、骨折の治癒痕等を調べ、その原因を推定するとともに、性別や年齢による違いがあるかどうか調べる。(2)野生下で生体の受傷(顔や体の傷跡)の形態や部位を調べ、その特徴を明らかにする。 今年度は、2019年7~8月に新たにオランウータンの遺体2個体を発見し、「生前の生活について最大限の情報を引き出し、野生動物保全に活用する」という目標を達成する為に、多くの情報を得ることができた。7月下旬に代表者と分担者の河野がマレーシアに渡航し、遺体発見現場の詳細を確認するともに、下顎骨や四肢骨などを収集することができた。8月に発見された遺体は、今まで一番フレッシュ(死亡直後)で皮膚などの軟部組織も残存していた。また遺体に集まる死肉食の動物(ミズオオトカゲ、ハエ)なども確認することができた。これらの遺体の発見現場の状況や、発見部位などの詳細をまとめて、速報としてSAGAシンポジウムでポスター発表した。 分担者の河野が渡航した時に、今まで発見した標本の観察を行い、性や年齢を推定するのに必要な形態学的データも収集した。また代表者と分担者の蔦谷が、2020年2月にマレーシアに渡航し、新しく発見された個体も含め、計8個体の骨格標本からDNA分析用のサンプルを採取し、科研費で購入した分析用試薬とともに現地共同研究者のVijay Kumar博士(マレーシア・サバ大学)に渡し、分析を依頼した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マレーシア・サバ大学のVijay Kumar博士には、性別判定および、雄について父子判定と個体識別をすること目的にDNA分析を依頼した。これらの結果をもとに、雄の死因に関する知見を増やすとともに、博物館に収蔵されている骨格標本の形態から性別を判定する手法の信頼性を高めることを目指す。2019年は、調査地であるダナムバレイでは一斉開花・結実が起こった為、発見された遺体は、栄養不足による死亡の可能性はほぼないと言える。一方で、発情・妊娠した雌が多かった為、発見された遺体が雄だった場合、雌をめぐる雄間競争の激化によって、負傷がもとで死亡した可能性がある。野生下での雄の死亡原因を明らかにする上で、2019年に発見された遺体に関する研究は非常に重要である。 オランウータンの雄は二型成熟という独特の成長様式があり(Uchida 2009)、オトナ雄の体サイズの変異幅が非常に大きく、雌とも重複する為、骨格標本の計測から性別が同定できないことがある。ダナムバレイで発見された性別不明の骨格標本については、DNA分析で性別を特定することで、形態学的な特徴から性別を判定する技術の向上を目指す。またDNA分析では死亡時の年齢を推定することはできない。そこで河野と代表者で永久歯の萌出の状況、頭蓋の縫合や蝶後頭軟骨の融合、四肢骨の骨端の状態等から年齢を推定する手法の開発を試みている。年齢が推定できれば、治癒痕がいつ頃できたものか推定も可能になり、例えば、ワカモノに完全に治癒した骨折痕があれば、幼児期に骨折した、等推定が可能である。今年度は、国立科学博物館等に収蔵されている、飼育下で死亡した年齢がわかっている個体を対象にデータを収集した。来年度は、海外の博物館に収蔵されている、飼育個体や野生個体の標本を調査し、さらなるデータを収集する。
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今後の研究の推進方策 |
マレーシア・サバ大学のVijay Kumar博士には、DNA分析を2020年2月に依頼済みだが、新型コロナウィルス対策の為に、マレーシアでは2020年3月から外出禁止令が出ており、大学での実験もストップしている。実験に必要な試料と試薬、設備はサバ大学にすでにそろっている為、外出禁止令などの規制が緩和されれば、実験をすすめることができると考えている。 2020年4月時点では、新型コロナウィルス対策による外出禁止令や渡航中止勧告等がとられている為、少なくとも令和2年度前半は、海外に渡航できない見込みである。そこで当面は、昨年度行うことができなかった動物行動学的な分析-コドモの遊びの映像分析、を国内で行う予定である。代表者が2004年以降に撮影した野生下(樹上)でのコドモの遊びの映像を分析し、コドモ同士がどのように体を接触して、攻撃行動に通じるような行動(噛む、叩く、引っ張る、引っ掻く、蹴る、等)がどの部位に対して向けられるかを調べ、推定された受傷原因との整合性を調べる。例えば、遊びでは肩や顔を噛むが、腹や胸は噛まない、などの特徴があり、オトナの受傷部位に関しても同様の傾向が見られれば、オランウータンの雄はケンカの時、特定部位しか攻撃しないことが支持されると考える。 また、代表者らがダナムバレイにおいて2004年以降に撮影した受傷痕のある個体の写真や映像を、代表者と分担者の坂上で分析し、法医学的な見地から受傷原因(噛まれた傷か、打撲による傷か等)を推定する。また他の調査地(マレーシアやインドネシア)でオランウータンの長期調査を行っている研究者にも呼びかけ、受傷の写真や映像を集めることも計画している。 以上より、令和2年度は、海外への渡航が難しくても今までに収集した試料を用いて、研究を継続することができると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和元年に分担者の坂上もマレーシアへの渡航を計画していたが、所属機関での業務(特別展の準備など)が予想以上に多忙を極めたことと、新型コロナウィルスの影響で2月以降の海外渡航が難しくなった為、旅費として使用することができなかった。 次年度に坂上もマレーシアに渡航する予定であるため、残額を繰り越すことにした。
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備考 |
2019/10/28放映「ワイルドライフ」『マレーシア ボルネオ島 オランウータン 一斉結実の森に集う』NHK BSプレミアム(撮影協力,出演) Tsutaya T. Stable isotope analysis to estimate diet of primates.Seminar of ITBC-UMS, Sabah, Malaysia, February 21, 2020.
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