病原線虫マツノザイセンチュウが媒介昆虫によってマツ属樹木に導入されることで起こるマツ材線虫病は、白砂青松を擁する日本古来の景観を壊滅状態に追い込み、今なお拡大を続けている。本病は感染後の致死率が高い上に伝播力が極めて高いため一旦被害が発生すると制御することは難しく、有効な防除策の確立が急務である。本研究では、マツノザイセンチュウと同じAphelenchoididae科に属する近縁種Seinura cavernaのもつ高い捕食能に着目し、線虫における捕食行動研究のモデル化に必要な基礎情報を集積するとともに、マツノザイセンチュウの個体群抑制に基づく本病の新規防除法開発を目指した。 2023年度はS. cavernaの捕食行動を観察し、近縁種との構造学的比較を行った結果、本種とその近縁の捕食性線虫では共通して他よりも弾力に富んだ角皮構造をもつことが示唆された。また、捕食の為の口針射出に関して、本種が化学シグナルのみならず物理シグナル、頭部が獲物に接触した際の「触感」を基準に餌とそれ以外を識別していることが推測された。 本研究では、Seinura属と系統的に近縁ながらも昆虫寄生性に進化した、同属及びその近縁系統群の高い可塑性を示す新属新種や、S. cavernaに近縁な雌雄異体種であり同種との比較系として有望なSeinura属線虫、特殊な形態をもち形態形成及び発生に関する解析材料として有望な細菌食性線虫等、多数の新規線虫種を記載した。うち捕食種に関しては、防除資材としての利用可能性を検討している段階である。 本研究ではより応用的なマツノザイセンチュウ個体数制御実験も実施したが、in vivoで明確な防除成果の得られる条件設定には至らなかった。今後より実際の被害林分に近い環境下で検証を積み重ねる必要があるだろう。
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