研究課題/領域番号 |
19K06148
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
津山 孝人 九州大学, 農学研究院, 助教 (10380552)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 光合成 / 酸素還元反応 / メーラー反応 / 被子植物 / 裸子植物 / 針葉樹 |
研究実績の概要 |
植物の成長に光は必須であるが、強過ぎる光は害となる。これは、強光が光合成の阻害(光阻害)を引き起こすためである。進化の過程で植物は、光阻害を回避する様々な仕組みを発達させてきた。その一つに葉緑体チラコイド膜における酸素還元反応―メーラー(Mehler)反応―がある。申請者らは以前、裸子植物(種数で換算すると裸子植物の7割は針葉樹)は被子植物よりも同反応の能力が約10倍高いことを見出した。本研究は、針葉樹におけるメーラー反応の制御機構や生理的意義を明らかにすることを目的とする。
光合成電子伝達反応はチラコイド膜における二つの光化学系(系Iおよび系II)によって駆動される。まず、系Ⅱにおいて光のエネルギーを利用して水分子が分解され、生成した電子は電子伝達鎖に供給される。電子は系Ⅱから系Ⅰを経てNADP+へと伝達される。この一連の反応はリニア(linear)電子伝達反応と呼ばれる。生成したNADPHとATP(リニア電子伝達と共役して合成される)は炭酸固定やその他の代謝で消費される。メーラー反応は、リニア電子伝達反応においてNADP+が不足する状況下(ATPが不足する状況下)、系Ⅰ下流で起きる酸素還元反応であり、電子伝達鎖の還元レベルを調節する役割を担う。針葉樹が一般に環境ストレスに強いことと考え合わせると、針葉樹において大きなメーラー反応は、強光や乾燥などの環境ストレスに対する防御に寄与しているように思われる。
針葉樹におけるメーラー反応の制御機構を調べるために、被子植物のモデル植物シロイヌナズナを用いた。シロイヌナズナの各種変異体を用いて解析を行った結果、系Ⅰサイクリック(cyclic)電子伝達反応が大きいとメーラー反応が小さくなることが分かった。系Ⅰサイクリック電子伝達反応は、系Ⅰ下流のNADPHからPQ(プラストキノン:系Ⅱと系Ⅰとの間の電子伝達体)へ電子を戻す反応である。メーラー反応と系Ⅰサイクリック電子伝達とは競合する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
メーラー反応を解析するためには、同反応と競争する系Ⅰサイクリック電子伝達反応の解析が欠かせない。問題は、サイクリック電子伝達反応はメーラー反応と異なり、反応の最終産物が無いために検出が難しいことにある。申請者は、サイクリック電子伝達反応の検出を遅延蛍光法により試みた。その結果、系Ⅰサイクリック電子伝達反応は、連続光照射後(消灯後)の蛍光強度の一時的な増大(肩, shoulder)として検出できた。
遅延蛍光法の欠点は、測定を光照射後に行うことから、光照射下の定常状態で測定できないことにある。この点を克服すべく、系Ⅰ反応中心P700の酸化還元状態の変化(生葉の820 nmでの吸光度の変化)に着目した。シロイヌナズナの系Ⅰサイクリック電子伝達欠損株と野生株とを比較した所、サイクリック電子伝達に伴うP700酸化還元状態の変化を特定することができた。
現在、測定条件を様々に設定し、定常状態でのサイクリック電子伝達反応を解析している。実験に用いる植物は室内で比較的弱い人工光(太陽光の40分の1程度)の下で育てている。これは単に費用上の制約が原因であり、可能ならより強い光の下で育てたい。ただし、この条件でも生育阻害はなく、広く一般的に認められた生育条件である。弱光下での系Ⅰサイクリック電子伝達反応をP700酸化還元状態の変化を基に解析すると、同反応は確かに機能していた。この結果は、遅延蛍光法においても同様であった。サイクリック電子伝達反応はATP合成に寄与する(チラコイド膜内外のプロトン濃度勾配の形成により)ことで弱光下でも必要であると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
メーラー反応と系Ⅰサイクリック電子伝達反応は電子を奪い合う関係にある。従って、どちらか一方を阻害すると、もう片方は促進されると予想される。シロイヌナズナ系Ⅰサイクリック電子伝達欠損株における予備的な実験では、気相から酸素を除去しメーラー反応を阻害すると、系Ⅰサイクリック電子伝達反応は弱光下でも促進されることが分かった。この結果は、大気中の弱光下(酸素を除去する前)でメーラー反応が機能していたことを示唆する。すなわち、酸素除去に伴う系Ⅰサイクリックの促進を通してメーラー反応の有無を知ることが可能である。今後はまずこの方法を用いて、シロイヌナズナにおいてメーラー反応が誘導される条件を明らかにする。同様にして、各種針葉樹において光強度や二酸化炭素濃度を変えながらメーラー反応の制御を調べる。
メーラー反応を定量的に解析するために電子スピン共鳴法を応用する。電子スピン共鳴法により、モノデヒドロアスコルビン酸(MDA)ラジカルを検出することができる。MDAラジカルはメーラー反応で生成したスーパーオキシド(O2-)を消去する過程で生じる。被子植物ではその通りであるが、裸子植物ではフラボジアイロンタンパク質(Flv)がメーラー反応を触媒する。この場合、メーラー反応による酸素還元の後、スーパーオキシドは生成せずに、直接水ができる。裸子植物ではMDAラジカルも生じず、電子スピン共鳴法によるメーラー反応の評価もできないかもしれない。いずれにしても、電子スピン共鳴法を用いた針葉樹におけるメーラー反応の測定の可能性まではきちんと検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の主たる解析対象であるメーラー反応が系Ⅰサイクリック電子伝達反応と競合しているため、メーラー反応の解析には系Ⅰサイクリック電子伝達反応の測定が必要であった。しかし、いずれの反応も測定において定法がなく、測定法を一から開発する必要があった。そのため研究に遅れが生じた。一方で、前例がなかった研究分野だけに独創性の高い研究成果を生み出すことができていると考える。繰越金は論文投稿の際の英文校閲の費用に充てる予定であり、今後できるだけ早期に研究結果をまとめて論文投稿まで完了する。
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