研究課題/領域番号 |
19K06160
|
研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
遠藤 力也 国立研究開発法人理化学研究所, バイオリソース研究センター, 研究員 (90634494)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 酵母生態 / 微生物資源 / 樹液 |
研究実績の概要 |
初夏~秋に、コナラやクヌギの樹幹に樹液が滲出している様子はよく観察される。樹液から様々な酵母が分離されることは半世紀以上前から海外で報告されているが、樹液中の酵母(樹液酵母)の存在量について定量的なデータが乏しく、国内で詳細に解析した研究も無い。我が国の森林における「樹液酵母」とは何か解明するため、樹液から菌類を分離し菌種の特定と存在量の定量を行った。 コナラ樹液4検体およびミズナラ樹液2検体を菌類の分離に供試した結果、樹液中には 1.6x10^3 - 3.3x10^4 CFU/樹液μlの培養可能な菌類が存在し、そのほとんど全てが子嚢菌酵母であることがわかった。供試した6つの樹液サンプルのいずれにおいても、子嚢菌酵母 Saccharomyces cerevisiae, S. paradoxus, Torulaspora delbrueckii, Hanseniaspora osmophila, H. vineae, Zygotorulaspora sp. が様々な組み合わせで優占していた。2019年7月に分離した樹液酵母の代表株22株を、ナショナルバイオリソースプロジェクトの中核機関である理化学研究所バイオリソース研究センター微生物材料開発室に寄託した。 本研究により、コナラ・ミズナラの樹液には多様な酵母種が豊富に棲息していることがわかった。他の樹種や採集地を検討することで「樹液酵母」に関する知見を蓄積できると大いに期待される。本課題に引き続き取り組むことで、我が国の微生物資源のホットスポットを探求し、多くの有用な微生物資源を開発していきたい。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年7月に福島市内でコナラ樹液4検体およびミズナラ樹液2検体を採取した。YM寒天にクロラムフェニコールを加えた培地を用いて、希釈平板法により樹液から菌類を分離した。分離培地上で計1,460のコロニーを目視により識別・計数した後、画線による純化を行って、計290の微生物株を確立した。全タンパクの質量分析(MALDI-TOF MS)により得たマススペクトルを比較することで識別の確かさを検証した後、代表株を選定し、LSU rRNA遺伝子D1/D2領域の塩基配列を解読した。当該領域の相同性(BLAST検索)により分離株の菌種を推定した。また、樹液原液中の菌類の存在量を算出した。 その結果、樹液中には 1.6x10^3 - 3.3x10^4 CFU/樹液μlの培養可能な菌類が存在し、そのほとんど全てが子嚢菌酵母だった。またBLAST検索の結果から、分離された酵母の大半が既知種と推定された。供試した6つの樹液サンプルのいずれにおいても、子嚢菌酵母 Saccharomyces cerevisiae, S. paradoxus, Torulaspora delbrueckii, Hanseniaspora osmophila, H. vineae, Zygotorulaspora sp. が様々な組み合わせで優占していた。Shannon多様度指数は 0.79-1.83 で、検体間にばらつきがあった。 2019年7月に分離した樹液酵母の代表株22株を、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)の中核機関である理化学研究所バイオリソース研究センター微生物材料開発室に寄託した。
|
今後の研究の推進方策 |
2019年度に実施した研究により、コナラ・ミズナラ樹液から多様な菌種が検出されたうえ、近縁種の酵母が混在(例えば、Saccharomyces cerevisiae と Saccharomyces paradoxus)していたことで、培地上で目視による識別が困難を極めた。この問題を解決する一助とするため、多検体の酵母をMALDI-TOF MS法によって集約的に類別するワークフローを確立した。その手法開発に労力を割いたため、2019年度の樹液サンプリング地は1か所、コナラ樹液4検体+ミズナラ樹液2検体に留まった。2019年度の研究によって、より多くの分離株を効率的に類別する目処がついた。2020年度は、複数の地点からコナラ・クヌギ・ミズナラの樹液を採集し、酵母の分離に供試し、2019年度の研究結果の再現性を検証するとともに樹液酵母に棲息する酵母に関する新たなデータを蓄積する。また、樹液には多くの昆虫種が集まっており、樹液酵母の中には昆虫随伴性のものが含まれることが強く疑われた。2020年度は、樹液と併せて好樹液性昆虫も採集し、菌類の分離に供試する。 本研究で研究対象とする樹液からは多種の子嚢菌酵母が実際に分離でき、我が国の微生物資源のホットスポットであることがわかった。2020年度も引き続き分離菌株を公的菌株保存機関に寄託し、研究コミュニティにおいて広く二次利用可能な状態に整備する予定である。 新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、2020年度は試料採集のフィールドワークがかなり制限されることと予想される。また、参加を予定していた国際会議は2021年に延期となった。感染拡大に充分配慮しつつ、研究計画を適宜見直し、できる限りの課題遂行に努める。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2019年度の研究においてコナラ・ミズナラ樹液から菌類の分離を行ったところ、近縁種の酵母が混在していたことで、培地上で目視による識別が想定外に困難を極めた。この問題に対処するため、多検体の酵母をタンパク質量分析法(MALDI-TOF MS)によって集約的に類別するワークフローを確立した。その手法開発に労力と時間を割いたため、2019年度夏季にける樹液サンプリング地が1か所に留まった。この影響を受けて、次年度使用額が生じた。しかし一方で、想定より多検体の酵母株を供試する体制を整えるという大きなメリットも得られた。 また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大防止措置を受けて、学会発表や採集地の事前調査にかかる出張をキャンセル・断念せざるをえなかった。この影響もあり、旅費の使用額が予定よりも大幅に低減した。 2020年度以降において、(1) 樹液採集の拡充、(2) MALDI-TOF MS解析およびLSU rRNA gene D1/D2領域等の塩基配列解読にかかる消耗品(試薬・理化学器具)の購入、 に経費を充てる予定である。
|