研究課題/領域番号 |
19K06179
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研究機関 | 国立研究開発法人森林研究・整備機構 |
研究代表者 |
香川 聡 国立研究開発法人森林研究・整備機構, 森林総合研究所, 主任研究員 等 (40353635)
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研究分担者 |
内海 泰弘 九州大学, 農学研究院, 准教授 (50346839)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 葉面吸収 / 重水 / 酸素同位体 / 水素同位体 / 年輪 / 光合成 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、酸素・水素同位体年輪気候学の生理学的基礎を確立するため、樹木に吸収された水の酸素・水素がどのように年輪の酸素・水素(有機物)として固定されるかを解明することである。 令和2年度は、重水ラベリングを行ったスギ苗木6個体のうち、昨年度までに分析を終了した2個体に続き、残りの4個体の同位体分析を行った。これらの試料(バイオマス)の酸素・水素の同位体比を分析することにより、葉・枝部の木材・根バイオマスを構成する酸素・水素のうち、葉から吸収された水と根から吸収された水を起源とするものの割合を調べた。また、これらの結果を英文で公開した。 重水ラベリング直後および成長期終了後に採取した試料(葉、細根、枝の表皮+師部、木部)からαセルロースを抽出し、酸素・水素同位体比を測定した。重水で葉面を濡らしていた期間の前後に形成された葉から抽出したαセルロース中の酸素・水素の約7割が葉面から吸収された水を起源とするものであり、約3割が根から吸収された水が起源であった。一方、細根から抽出したαセルロース中の酸素・水素の約2割が葉面から吸収された水が起源であり、約8割が根から吸収された水が起源であった。枝の木部から抽出されたαセルロースは,葉から吸収された水と根から吸収された水の割合がほぼ半々であった。 以上の結果から、梅雨期が存在する東アジアに生育する樹木の木部では葉から吸収された水を起源とする酸素・水素の割合が他地域のものに比べて多い可能性があることが分かった。以上の結果を、英文の論文プレプリントとして公開した(Kagawa 2020, https://doi.org/10.1101/2020.08.20.260372)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
維管束植物の光合成では、葉から取り込まれる二酸化炭素と、根から吸収される水と、光エネルギーを使ってショ糖などの有機物が生産される、と考えられてきた。すなわち、植物体を構成するセルロース等のバイオマス中の酸素・水素は根から吸収された水を起源とすると考えられてきた。本研究では、植物はそのバイオマス形成において、葉面からも有意な量の水を吸収しており、葉面吸収水が少なからず植物体バイオマスの酸素・水素となることを世界で初めて証明した。このことは、教科書の光合成の図が将来修正される可能性を示しており(詳細は学会講演動画を参照:https://youtu.be/6hShteLf6r4)、予想以上の成果が得られている。 以上の結果は、葉面から吸収される水と根から吸収される水を2つの異なる重水(H218O、HDO)で標識する研究代表者が考案した新手法を用いて得られた。二重重水標識法により、葉面吸収水および根吸収水が木材などのバイオマスを構成する酸素・水素として取り込まれる過程を追跡することが本研究により初めて可能になった。
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今後の研究の推進方策 |
植物が根から吸収した水だけでなく、葉面から吸収した水(Foliar water uptake)を、光合成による物質生産に多く用いているという発見は、森林科学のみならず、農業(葉表面を濡らすことによる新しい作物への灌水方法の可能性)、生物地球化学(葉面から吸収された水は光合成生産される酸素にも利用されると予想される)、古気候学(年輪の酸素安定同位体比ではなく、髄の酸素同位体比分析により日単位の降水量復元が可能になる可能性が高い、基盤C課題「樹木の髄付近の酸素・炭素・水素同位体比分析による日単位の降水量復元」(久保田多余子代表))など多岐の分野に波及効果がある発見である。そこで、関連研究をスケールアップするため基盤A等の大型の予算に最終年度前年度(令和3年度秋)に応募する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
予算の前倒し執行のため、令和3、4年度の新たな配賦額は0円である。そこで、次年度に173,627円を繰り越すことにより、少量の同位体分析及び論文執筆を行って令和3年度の途中で本課題を廃止する予定である。
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