研究課題/領域番号 |
19K06253
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
山口 哲由 京都大学, アジア・アフリカ地域研究研究科, 特定助教 (50447934)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 気候変動 / 山地農業 / チベット / 温暖化適応策 / SDGs |
研究実績の概要 |
地球温暖化がラダックの農業に及ぼしている影響を検証するため,調査対象としているD行政村に関して,イギリス統治期である1902年に制作されたラダックの地籍台帳の分析をおこなった。この地籍台帳はウルデゥー語で記載されているが,世帯ごとの圃場に関する作付け・作柄などの評価・灌漑に使われる水路名称・税金の金額などを記した帳簿と,圃場ごとの場所を番号で記した村落地図からなる。これらの地籍情報と現在の農業の状況を比較し,標高帯ごとの作目や収量の変化を把握できれば,温暖化が地域農業に及ぼす影響も推測できると考えられる。 本年度は,地図上のウルデゥー語の番号をGIS上でデジタル化するとともに,帳簿上の圃場情報をリストとして入力する作業をおこなった。イギリス統治期のD行政村の圃場は,一桁代から始まって2600まで続く番号が,標高が高い圃場から低い圃場まで順番に割り振られていた。この地図には,劣化して番号が読み取れない部分も多くがあるが,番号の配置の全体像を明らかにすることにより,帳簿上の圃場が村落内のどこに位置するのかおよそ把握することができた。その結果,各村落世帯は,圃場を複数の標高帯でまたがる形で飛び地的に所有しており,その高い圃場と低い圃場の標高差は多くの世帯で500m以上にも及んでいた。そういった飛び地的な土地所有は現在よりも活発におこなわれている様子が分かり,かつてはより標高差の意味が地域農業において果たす役割が大きかったと考えられる。 しかしながら,圃場ごとの評価や税金の金額に関しては,記載するうえで用いられている専門用語(チベット語の発音をウルデゥー語で記した語)の意味が明らかになっておらず,今後はそれらの分析を続けることで,圃場のごとの評価の変化を把握していく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,山地における気候変動が,標高帯ごとの農業の様式にどのような影響を与えているのかを明らかにするため,インド北部ジャンムー・カシミール州に位置するラダックを対象として調査をおこなってきた。 具体的なデータ収集をおこなっているのはD行政村であり,2009年より継続的にこの農業情報の収集をおこなってきた。そこで得られた気候変動に関わる知見として,比較的標高が低い圃場では,近年の気温の上昇に伴って作物の収量が低下していることを農家世帯が実感しており,逆に標高が高い圃場では,以前は栽培できる作物が限られていたが,近年は気温上昇に伴って多様な作物の作付けが可能になったとされる。そういった時間経過に伴う作付けや収量の変化を把握するうえで,100年以上前に制作されたイギリス統治期の地積台帳は,当時の農業の状況をかなり詳細に示唆してくれる重要な資料と言える。しかしながら,この資料はウルデゥー語で記載されており,なかにはチベット語による農業の専門用語や村落内での地名の発音をウルデゥー語で記載した用語なども見られるため,その分析には専門的な知識が必要になる。 本年度は,この地籍台帳の分析を進め,書かれている内容や世帯ごとの情報をデジタル化する作業をおこない,地籍台帳の帳簿と地図を統合的な理解する基盤を構築できた。これによって,山地農業の変化を体系的に把握する取り組みを進めることができたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
現在は現地調査のための海外渡航が難しくなっており,今後の調査計画が見通せない状況である。一方で,日本におけるワクチンなどの状況も整備されつつあるので,本年度中に海外調査をおこなう機会もあるのではないかと考えている。そういった場合には,限られた時間であっても効率的に調査を実施できるように,すでに得られている資料を再分析することで調査すべき要点の洗い出しを進める。 一方で,本研究ではインド北部の山地村落に関する100年前の地籍台帳を入手しており,これを分析することで以前の農業の状況を高い精度で再構成できると考えている。こういった資料と,近年に撮影された衛星画像を加えて分析することで山地農業に対する気候変動の影響を把握する試みを進める。 また,D村落では,2010年から2017年までに渡って異なる標高における気温測定をおこなっており,さらに温度計の周辺に自動カメラを設置して農業実践の様子を定点観測する調査をおこなってきた。それらの資料を分析することにより,近年の農業実践に関する変化も把握できるのではないかと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は,調査や成果報告などに関する国内外の出張をおこなうことができず,そのために計上していた予算を次年度に繰り越すことになった。2021年度は,状況が改善サれることも期待されるので,成果公表や海外における現地調査を積極的におこなうことで,研究を進めるように計画している。
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