本研究は,山地農業における気候変動の影響と経営変化の方向性を把握し,実践可能な気候変動への適応策を提案することを目的としている。気候変動の影響や変化を把握する調査地として,インド北部に位置するラダック連邦直轄領のD村落を対象とし,2008年から気象観測や集落地図の作成,文献資料の収集に取り組んできた。 D村落に関して,イギリス統治期の1908年に作成された地籍資料を入手することができた。この地籍資料は,ジャマバンディ(Jamabandi)という納税台帳とムサビ―(Mussavie)という地籍地図からなる。今回の分析によって資料に記載された地目の同定が進み,資料に記載された全69世帯の所有地の面積や利用状況,村落内での地理的分布が明らかになった。 資料に記載された地目には,耕作地としてマジン(一等地)・バジン(二等地)・タジン(三等地)がある他,地力が低く連作できない耕作地であるサチャク,家屋に付随する家庭菜園のツァス,ムラサキウマゴヤシを植えられた牧草地オルタンの6種類がみられた。この他,一時的な非耕作地と永続的な非耕作地という地目もあり,さらに一時的な非耕作地には林地と採草地も含んでいた。 こういった地目の区分に基づいて,69世帯の所有地の利用状況を分析したところ,世帯が所有する土地は耕作地と非耕作地で半々に分かれており,耕作地としては二等地であるバジンが大部分を占めていた。所有地の地理的分布に関しては,標高差が大きな飛び地的な所有をおこなっていた世帯がおよそ3割ほどであった。山地農業では,標高差が異なる耕作地を利用することで異なる作物の栽培や作期の分散がおこなわれていたとされるが,そういった実践をおこなう世帯は限られていた。
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