需要システムは,消費者需要に関する代表的な分析方法の一つである.需要システムの最大の利点は,新古典派経済理論に忠実に従った推定が可能なことである.経済理論が求める制約条件のうち,予算制約,同次性,対称性は需要システムに容易に課すことができるが,凹性(支出関数が価格に関して凹であること)を課すことでモデルは複雑な非線形になり,特に財の数が多い需要システムを大標本データのもとで推定することは困難になる.そのため,需要システムをデータに当てはめると,凹性はしばしば満たされないことが知られているにもかかわらず,実際には凹性が満たされているかどうかは無視されることがほとんどである. 大標本データ,いわゆるビッグデータの入手はますます容易となり,経済分析におけるビッグデータの利用も拡大している.ビッグデータの推定において,非線形モデルは収束が保証されないが,線形モデルはより高速かつ確実に収束する.需要分析においても,Almost Ideal Demand System (AIDS)の線形近似モデルは多くの実証研究で用いられている.しかし,AIDSの線形近似モデルを生成するような効用関数や支出関数は存在せず,またAIDSの線形近似モデルに凹性を課すことはできず,経済理論との整合性に問題を抱えている. 現在知られているフレキシブルな需要システムはいずれも,凹性を課すと線形推定も反復線形推定もできなくなる.本研究が提示する独自のモデルは,明示的な効用関数または支出関数から導出されたフレキシブルな需要システムであり,1個のチューニングパラメータの値を変化させることでシンプルに凹性を調整することができる.さらに,反復線形推定を適用することができるので,多くの財とビッグデータのもとで推定することが可能である.
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