津波の浸水により地下水に塩水化が生じたモデル調査地において,地下水の採取を行い,水素・酸素安定同位体比および主要イオン濃度,溶存ガスである六フッ化硫黄濃度のデータの蓄積を行った。 長期観測結果から本地域の降水の水素・酸素安定同位体比の季節変動と平均値が明らかとなり,異なる涵養源である水田の田面水の同位体比,塩化物イオン等の残留塩水の水質指標を併せて用いることで,涵養源とその寄与度の違いを示せることを示した。水素・酸素安定同位体比から算出される指標(d値),滞留時間を示す六フッ化硫黄濃度から水田涵養の影響が大きく回復傾向にある地点がある一方,塩分濃度が依然高く,滞留時間が長い地点があり,そのような地点では塩水化からの回復までに時間を要すると推測された。 一部の地点を除き,降雨後に浅部地下水の滞留時間が短くなることを明らかにし,同位体組成や電気伝導度からも浅部地下水への降水の浸透の影響が伺えた。降水が流動層を通じて選択的に観測孔内に戻った可能性は排除できないものの,地盤に浸透した降水が浅部地下水の淡水層形成に寄与していることを複数の水質項目が示唆した。また,深部ほど地下水の水質組成はNa-Cl型を示すが,硫酸還元が進行する還元状態でメタンガスを地下水中に含む地点があり,古い海水(化石塩水)が影響していることが明らかとなった。これらの結果から地下水の塩水化からの回復状況を検討する際には,津波時に浸透して残留する海水と深部の化石塩水とを区別する必要があることを示した。 以上より,本課題で適用した複数の環境トレーサー(主要イオン,水素・酸素安定同位体比,六フッ化硫黄)が,地下水の涵養プロセス・涵養源の分類,津波による塩水化からの回復過程の違いを検討する上で有用であることを明らかにした。
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