本年度は肺高血圧症の臨床例を含む、粘液腫様変性性僧帽弁疾患の犬を対象とした臨床研究を実施した。犬の肺高血圧症の診断は、心臓カテーテル検査がゴールドスタンダードである人とは異なり、心エコー図検査によって下されるが、その精度は必ずしも高いものではなく、また検者の技量に大きく左右される不安定な検査であるという大きなデメリットが存在する。この要因として、心エコー図検査での評価項目が膨大であり、簡便性に欠ける点があげられる。そこで本研究では、複雑な計測も、特別なアプリケーションも必要とせず、心エコー図検査中に肉眼的に評価する事が可能である、左右心室拡張開始時間差に着目した。 生理的に、左右心室が拡張を開始するタイミングはほぼ同等であるが、右室の方が若干早く拡張を開始する事が知られている。僧帽弁疾患の重症度が進行し肺高血圧症に陥る事で、右室収縮時間の延長と、それに続く拡張開始時間の遅延が生じると考え、検討を行った。その結果、僧帽弁疾患のステージの増悪とともに、右室と左室の拡張開始時間の差が縮まり、最重症例では左室拡張の方が早くなる逆転現象が半数以上で認められた。また、逆転症例では肺高血圧症の罹患率も高いことが明らかとなった。逆転しているか否かは心エコー図検査中にリアルタイムに肉眼で容易に認識することができるため、この所見に着目することで極めて簡便に肺高血圧症の診断を下す事ができる可能性が示唆された。
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