研究課題/領域番号 |
19K06447
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
加藤 博己 近畿大学, 先端技術総合研究所, 教授 (60330320)
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研究分担者 |
黒坂 哲 近畿大学, 先端技術総合研究所, 講師 (30625356)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 古生物 / げっ歯類 / 異種間体細胞核移植 / ミトコンドリア |
研究実績の概要 |
真核生物において、呼吸鎖複合体を構成するタンパク質は核およびミトコンドリアDNAの両方に由来するため、異種間核移植によって作製された胚においては、呼吸鎖複合体を構成するタンパク質の不適合が起こる可能性がある。今年度は、本研究の実施にあたり必要となるレシピエント細胞質の研究を前年度に引き続いて行った。体細胞核移植のレシピエント細胞質としてはブタ卵を用いた。ブタ卵巣より未成熟卵を採集し、44時間の体外成熟培養の間にマイトマイシンCを作用させた。マイトマイシンCは、抗がん性の抗生物質であり、二本鎖DNAの開裂を阻害することによって、DNAの複製および遺伝子発現も阻害する。令和元年度は10μg/mLのマイトマイシンCで処理を行ったが、今年度はブタ卵の体外成熟培養の間に5μg/mLのマイトマイシンCで処理を行った。マイトマイシンCで処理したブタ卵は、その濃度が5μg/mL でも10μg/mLでも、成熟培養後の卵成熟率およびミトコンドリアDNAのコピー数に差はなく、マイトマイシンCの濃度は5μg/mLでも十分にその効果は保持されていると判断された。マイトマイシンCで処理したブタ卵と処理しなかったブタ卵を用いて相互に核置換を行った所、マイトマイシンC未処理卵細胞質と未処理核の組み合わせでは9%の再構築胚が胚盤胞期へ発生したのに対し、マイトマイシンC処理卵細胞質と未処理核の組み合わせでは27%の再構築胚が8細胞期へ発生したがそれ以上のステージへの発生はなく、マイトマイシンC未処理卵細胞質と処理核の組み合わせでは2細胞期へ発生した再構築胚はなかった。この結果より、マイトマイシンCでレシピエント細胞質となる卵を処理することによって、卵が本来持っているミトコンドリアの機能を低下させることができることが示され、その処理のために必要なマイトマイシンCの濃度は5μg/mLで十分であることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和2年度は新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより海外渡航が制限され、シベリアにおける古代げっ歯類化石の探索ができなかったため、保存状態の良い古代げっ歯類の体細胞は未だ得られていない。令和2年度は令和元年度に続いて、異種間体細胞核移植を実装する際に必要なレシピエント細胞質に関わる研究を実施した。これは、保存状態の良好なげっ歯類の化石を発掘・入手しても、それらは、現在実験に使用可能であるマウス・ラットといった現生のげっ歯類とは亜種・種・属のレベルで異なる生物に由来するものと考えられるためである。細胞が生存するためにはエネルギー源となるATPの合成が不可欠であり、ATPはその大部分がミトコンドリアにおける酸素呼吸によって合成されている。ミトコンドリアにおけるATP合成に必要なのが呼吸鎖複合体と呼ばれるタンパク質複合体である。呼吸鎖複合体の構成要素は何種類ものタンパク質であり、それらの一部はミトコンドリアDNAにコードされ、他は核DNAにコードされている。そのため、異種間体細胞核移植において、核ドナーとなる体細胞核とレシピエント細胞質となる卵細胞質の種が異なると、呼吸鎖複合体を構成するタンパク質群の間に不適合が生じ、結果として正常に機能する呼吸鎖複合体の形成ができず、ATPが合成できなくなることが、異種間体細胞核移植で作製された再構築胚が低い発生能力を示す原因の一つであると考えられている。現在、多様な種に由来する培養細胞は入手可能であるが、その一方で、体細胞核移植の研究に用いることが可能な多くの卵が入手可能である動物種は少ないため、多くの種において同種間核移植の実施は困難である。異種間核移植において障害となる、核とミトコンドリアDNAに由来する呼吸鎖複合体を構成するタンパク質群間の不適合を抑えるために必要な研究を本年度は実施し、成果を得た。
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今後の研究の推進方策 |
令和3年度中にシベリアを訪れ、研究に用いる保存状態の良い古代げっ歯類の体細胞サンプルの入手を行う予定であるが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、何時シベリアへ渡航できるのかは不明である。特に現在の状況を鑑みれば、日本およびロシアの両国において、国民に新型コロナウイルスワクチンの接種が進み、両国国民が新型コロナウイルス感染症に対する集団免疫を獲得するまで、シベリアを含むロシアへの渡航は困難であると考えられる。そのため、研究用古代げっ歯類化石の入手までの間、令和元および2年度に実施していたレシピエント細胞質に関わる研究を更に進める。具体的には、体外成熟培養中にマイトマイシンC処理を行ったブタ卵へ、体外成熟培養中にマイトマイシンC処理を行わなかったブタ卵に由来する細胞核と、同様に体外成熟培養中にマイトマイシンC処理を行わなかったブタ卵に由来するミトコンドリアを含むサイトプラストを融合させて作製した再構築胚の発生能力とATP生産能力を検討する。また、体細胞由来のミトコンドリアと卵由来のミトコンドリアはその性質が異なる可能性があるので、ブタ培養細胞由来のミトコンドリアを回収し、サイトプラスト化して同様に融合させ、胚の発生能力とATP生産能力を検討する。また、同様の実験をマウスおよびラットの卵を用いて実施し、げっ歯類の体細胞核移植におけるレシピエント細胞質の調整方法の検討を行う。さらに、現生のげっ歯類であるアカネズミやクマネズミの培養細胞を核ドナーとし、マウスやラットの卵をレシピエント細胞質とした異種げっ歯類間の体細胞核移植実験を行い、作製された再構築胚における移植核のリプログラミングの経過の検討を行うと共に、再構築胚におけるATP生産能力の解析を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和2年度は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックのため、海外渡航が制限され、シベリアにおける古代げっ歯類の化石の探索ができなかった。このため海外旅費が使用できず、また、日本国内における学会もその多くがWeb開催となったため、国内旅費の使用もできなかった。また、研究分担者である黒坂哲近畿大学講師は、同講師の研究分担予定部分まで研究が進行していないので、令和2年度の予算の執行が0円であった。令和3年度は、引き続きシベリアにおける古代げっ歯類の化石探索を進める計画であるが、それが不可能にある可能性を考え、異種間体細胞核移植の実験をさらに進め、異種間体細胞核移植におけるミトコンドリアの影響を詳細に検討する予定である。また、異種間体細胞核移植における遺伝子発現の状態を、研究分担者である黒坂講師に詳細に解析してもらう予定である。
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