研究課題/領域番号 |
19K06452
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研究機関 | 旭川医科大学 |
研究代表者 |
上田 潤 旭川医科大学, 医学部, 准教授 (80450394)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 精子形成過程 / ヒストンバリアント / エピジェネティクス |
研究実績の概要 |
ヒトを含む多くの真核生物は、精子や卵子などの配偶子を形成する過程で減数分裂を行い、遺伝的多様性を獲得する。過去十数年の研究から、エピジェネティクス制御に関わる因子の多くが精子形成過程に重要な役割を果たすことが明らかとなっている。とりわけ、ヒストンH3の修飾酵素の多くは、精子形成過程の途中、特に減数分裂で重要な役割を担っていることが明らかとなっている。 申請者らは過去に、精巣に特異的に発現するヒストンH3バリアントであるH3tが精子形成過程に必須であり、H3tをマウスで欠損すると無精子症になることを明らかとした(Ueda, Cell Rep., 2017)。そして正常な精子形成過程ではH3.1/H3.2がH3tに置き換わっていることも解明した。 本申請課題は、「H3tがどのようなメカニズムでゲノム中に取り込まれ、ゲノム中でどのような分子と相互作用することで染色体の高次構造や機能を制御しているのか?」を明らかにすることを目的としており、得られた知見を最終的には臨床医との共同研究を通じて男性不妊症の診断法や治療法の開発に繋げる。 これまで、トロント大のJinrong Min博士ら、基生研の中山潤一博士らとの共同研究によって、H3.1/H3.2よりもH3tの27番目のリジン残基のメチル化修飾に対してより結合能が高いポリコームタンパク質であるPHF1とPHF19の解析を進めてきた。その結果、PHF1が精子形成過程の減数分裂期に発現し、H3K27meよりもH3t.K27meに対して何故高い結合能を有するかを構造学的に明らかにし、2020年度はそれらの知見を論文として発表した(Cheng, eLife, 2020)。 一方、不妊治療を行う胚培養士、産婦人科医らと、精子頭部をリアルタイムで計測しながら顕微授精を行うことの重要性を主張した英文総説を執筆した(Itoi, Zygote, 2021)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2020年度はコロナ禍の影響で、研究そのものを一時中断せざるを得なかった。その後、申請者が病気休暇を取得し、大学から自宅待機命令を受け、年度途中の2020年9月に他部署に異動となったため、2020年度は半年ほど研究を中断することとなった。このことから、当初の予定より計画が遅れている。 このような中ではあったが、トロント大のMin博士ら、基生研の中山博士らとの共同研究によって進めてきた、H3.1/H3.2よりもH3tの27番目のリジン残基のメチル化修飾に対してより結合能が高いポリコームタンパク質であるPHF1とPHF19に関する研究成果を発表した。現在、PHF1の精子形成過程での役割の解析を継続しており、併せて新規の結合分子の探索も進めることで、H3tの減数分裂期での役割を明らかにするための実験の準備を進めている。 一方、不妊治療を行う胚培養士、産婦人科医らと、英文総説を発表した(Itoi, Zygote, 2021)。申請者らは、先行研究において、アスペクト比の高い精子または精子頭部の短径が短い精子の受精率が高いことを明らかにした(Nishikawa, JARG, 2018)。本総説では、各国の不妊治療の状況やヒト精子を計測する数々の試みを概説しつつ、胚培養士が不妊症患者から採取した配偶子を用いて顕微授精を行う際、モニターに映し出された精子の頭部をリアルタイムで計測することの重要性を提唱した。不妊症患者から採取される配偶子は概して少ないことから、このようなことが臨床現場で可能となれば、治療件数の少ないクリニックに所属する術者や、経験の浅い術者であっても、より正常な精子を選択できる可能性があり、不妊治療成績の向上に繋がることが期待される。また、画像データと治療効果を結びつけたようなレトロスペクティブな研究が行われていないため、このような研究を行う必要性があることも併せて提案した。
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今後の研究の推進方策 |
PHF1の精子形成過程の減数分裂期での役割は不明なので、今後は逆遺伝学的解析やChIP-Seq解析などを通じてその機能に迫ることを予定している。 当初は抗H3t抗体を用いて生化学的解析を行うことを計画していた。しかし、H3tに対するモノクローナル抗体はヒストン・テール部分を認識するため、ヒストン・テールが特定の翻訳後修飾を受けた場合、抗H3t抗体がH3tタンパク質そのものを認識できない可能性がある。また、最近ではヒストン・テールがクリッピングされる可能性も示唆されている(Azad, et al., JMB, 2018)。これらの理由から、H3tのカルボキシル末端にタグを付けた方が良いと考え、H3tのC末端にFLAGタグを付けたノックインマウスの作製に取り掛かっている。ノックインマウスが出来次第、タグ付きタンパク質の細胞内での局在を確認し、生化学的解析に用いることを計画している。この研究については、引き続き、基生研の中山博士と共に進めていく。 一方、不妊治療で精子頭部のリアルタイム計測を臨床応用するために、不妊治療(顕微授精)を行っている胚培養士の糸井史陽博士、産婦人科医、画像解析の研究者との共同研究を始めるための準備を進めている。
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