研究課題/領域番号 |
19K06477
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
天野 孝紀 国立研究開発法人理化学研究所, バイオリソース研究センター, チームリーダー (20419849)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 疾患モデル / マウス / ゲノム / 遺伝子発現 / ヒルシュスプルング病 |
研究実績の概要 |
多因子疾患の発症メカニズムとして、ゲノムのシス制御配列のバリアントに基づく遺伝子発現量の変動が重要であることが提唱されている。シスバリアントの疾患表現型への影響を明らかにする目的で、ヒルシュスプルング病を対象とし、マウスによる多因子疾患のモデリングを行った。 加齢とともに低頻度でヒルシュスプルング病様の症状を呈するJF1マウスは、リスク因子であるエンドセリン受容体遺伝子(Ednrb)にトランスポゾンの挿入があることが知られている。JF1のEdnrb遺伝子座の配列解析により、5.0 kbのLTR/ERVKトランスポゾンが第一イントロンに挿入されていることを確認した。この挿入変異の疾患発症への影響を調べるため、CRISPR/Cas9系を用いたゲノム編集によってJF1ゲノムから除去した。その結果、白斑症の改善した黒化個体を得ることに成功した。現在、この系統におけるエンドセリンシグナリングの回復と病態の変化を評価している。 マウス亜種の西欧産ドメスティカスと日本産モロシヌスの間には、膨大なゲノム多型が存在する。この2系統の亜種間交配F1個体において、転写産物上の配列多型は遺伝子のアレル発現を識別することを可能にする。本年度は、C57BL/6(ドメスティカス亜種)とJF1(モロシヌス亜種)のF1雑種を作製し、系統特異的なバリアントをpyroシーケンシング法で区別して、アレル発現の差を検出することができた。F1個体では同じ細胞内の均質なトランス因子環境下で遺伝子発現をモニターするため、シスバリアントの機能を明らかにするために非常に有用である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
異なる遺伝的背景のモデルマウス作製に有用なゲノム編集技術の基盤整備を行った。基準系統であるC57BL/6(B6)へのゲノム編集条件を調整し、モロシヌス亜種に属するJF1マウスについて、CRISPR/Cas9系とエレクトロポレーションを用いた疾患モデルマウス開発系を確立した。これにより、Ednrb遺伝子のトランスポゾン挿入変異を除去したJF1系統を樹立することができた。 さらに、エレクトロポレーションによってcas9ヌクレアーゼを卵管膨大部に直接導入するGONAD法を取り入れ、B6ならびにJF1マウスへのゲノム編集条件を確立した。GONAD法では、JF1の受精卵を異なる系統の仮親に移植する必要がないため、効率的にゲノム編集個体を得ることが可能になった。この効率化によって複数の遺伝子に変異を導入することも可能になったため、ヒルシュスプルング病に関連するEdnrbとRetに疾患変異を有する複合疾患モデルを樹立している。 また、ヒルシュスプルング病のリスク因子の発現レベルがマウス系統間でどのように異なっているかを明らかにするため、B6とJF1のF1雑種個体を用いた遺伝子発現解析を行った。F1個体の共通なトランス因子環境下では、系統間のアレル発現量比を正確にモニターすることができる。F1個体の腸管からcDNA を調製し、pyroシーケンシングを行った。その結果、Ednrb遺伝子のJF1由来のアレルは、B6由来のアレルよりも有意に発現レベルが低下していた。
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今後の研究の推進方策 |
トランスポゾンの除去によって、JF1マウスの巨大結腸や難聴等の白斑以外の症状がどのように改善されたのか評価する。さらに、発生期におけるエンドセリンシグナリングが回復しているかどうかを検証するために、マウス胚を用いた遺伝子発現解析を行い、野生型JF1との遺伝子発現ネットワークの比較を行う。 また、B6マウスを含むドメスティカス亜種は、Ednrbをノックアウトした場合に産後致死を示すため、Ednrbが機能不全でも近交系として維持できるJF1との間にヒルシュスプルング病発症率の多様性があると考えられる。Ednrbのトランスポゾン挿入による疾患への影響を調べるため、B6の第一イントロンにERVKトランスポゾンを挿入したマウスをCRISPR/Cas9系を用いて作製し、 JF1マウスとの比較表現型解析を行う。 pyroシーケンシングによるB6とJF1のアレル発現量比解析では、Ednrb遺伝子座で有意な差を検出することができた。アレル発現量比の解析を網羅的に展開するために、F1個体の大腸を対象に次世代シーケンサーを用いたRNA-seq解析を行う。亜種間SNV(single nucleotide variant)を指標にアレルを区別して各リード数を計測し、アレル発現差の見られた遺伝子は、シスバリアントが機能したcis-eQTLとしてリストアップする。ヒルシュスプルング病への影響が推定されている遺伝子群については特に着目し、KEGGやSTRINGなどのタンパク質間相互作用統合データベースを利用して、疾患発症に伴って大きく変動する遺伝子パスウェイを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
マウスのゲノム編集系の開発に時間を要したため、当初計画していた量の遺伝子発現解析を進めることができなかった。当該助成金は、当初の計画通り遺伝子発現解析の経費として使用する。
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