PI3K - Akt シグナル経路の異常活性化は、ヒトの様々なガンの主要因の一つとして知られている。PI3K-Akt経路を構成する鍵因子の一つがTORキナーゼ複合体2(TORC2)である。インスリンや他の成長因子により刺激された細胞では、活性化したTORC2がAktをリン酸化する。しかしながらその分子機構の詳細や制御については未解明なところが多い。TORC2活性に重要と考えられているTORC2の膜脂質局在能については、出芽酵母等での解析結果から、TORC2制御サブユニットSin1が有するPHドメインの膜脂質結合能に依ると一般に考えられている。また、ヒトの代表的なTORC2基質であるAktが自身のPHドメイン依存的に膜脂質に結合する事も、TORC2によるリン酸化に重要な役割を果たしていると考えられている。酵母、真菌類のAktホモログはヒトAktと異なりPHドメインを欠いているが、出芽酵母での解析から膜脂質に結合するアダプタータンパク質を介して出芽酵母Aktが膜脂質に集積する事が報告されており、TORC2基質の膜脂質への集積はTORC2による基質リン酸化に普遍的に重要な要素だと認識されている。このような背景を基に、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeをモデル生物として、改めてTORC2制御サブユニットSin1のPHドメインを含むカルボキシ末端領域の詳細な機能解析を行ったところ、Sin1 PHドメインがTORC2機能に果たす役割は限定的であり、TORC2の脂質膜局在にも必須では無い事を示す結果を得た。また、分裂酵母Aktホモログが生体内で脂質膜へ集積する事は無かった。これら結果は、出芽酵母や哺乳類培養細胞など限られた材料での解析から提唱されている現行のTORC2によるAktリン酸化制御モデルに一石を投じる結果であると考えられる。
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