研究課題/領域番号 |
19K06561
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
小原 圭介 名古屋大学, 理学研究科, 助教 (30419858)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 脂質非対称 / 細胞膜 / 生体膜 / センサー / 酵母 |
研究実績の概要 |
細胞膜を構成する脂質二重層では、細胞質側(内層)と細胞質側(外層)で脂質組成が大きく異なっている。その様な「脂質非対称」は真核生物の細胞膜に共通の性質であり、その維持や適切な調節は細胞の生存に必須である。本研究では、真核生物のモデルである出芽酵母を用いて、細胞が脂質非対称の状態をモニターし、その乱れを脂質非対称センサータンパク質であるRim21が感知して、適応反応シグナルを発する仕組みの解明を目指している。 昨年度には、Rim21が脂質非対称の状態を感知する際に鍵となる、細胞膜との相互作用について進展があったが、今年度はその内容をさらに深化させた。具体的には、Rim21がC末端細胞質領域(Rim21C)に有しているセンサーモチーフの近傍の保存領域に変異を導入したところ、Rim21Cと細胞膜の結合が強まることを昨年度に見出したが、今年度はその部位に他のアミノ産置換を導入したり、変異を導入したRIm21C部分のタンデム連結を試みた。その結果、変異Rim21C部分のタンデム連結によって、細胞膜への結合がさらに強まることが明らかになった。Rim21は、Rim21C部分を触角のように用いて、細胞膜内層との相互作用を繰り返しながら脂質非対称の状態をモニターすると考えられている。細胞膜との結合の強弱に影響を与えるアミノ酸残基を深く掘り下げた今年度の成果は、脂質非対称感知機構の解明に向けた前進である。 Rim21Cは、通常は細胞膜内層に結合した状態が主であるが、脂質非対称が乱れると細胞膜との結合性を失う。そこで、酵母を様々な環境で培養して、Rim21Cの挙動を観察したところ、外界のpH上昇や高塩濃度などのストレスによってRim21Cが細胞膜から解離することが明らかになった。これらの細胞外ストレスが細胞膜の脂質非対称の状態に影響を与えることを示唆する興味深い結果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Rim21が脂質非対称の状態をモニターする際に鍵となるRim21C部分と細胞膜との結合に関して、昨年度の成果をさらに深化させる新しい知見を得た。これらの成果は、主にGFP-RIm21Cとその変異版のライブイメージングという細胞生物学的手法によって得られた。一方、組換えRim21Cタンパク質(およびその変異タンパク質版)を用いた生化学的な定量実験によってその成果をさらにサポートできると考えたが、十分な組換えRim21Cタンパク質が精製できないという技術的な問題点をクリアできておらず、生化学的な解析はほとんど進まなかった。したがって、Rim21Cと細胞膜との結合に関しては、これまでの知見をさらに深める成果が得られたと同時に、クリアすべき技術的問題点も残された状態と言える。総合するとおおむね順調に進展していると言えよう。 Rim21Cと細胞膜との結合が外界のpH上昇や高塩濃度刺激によって失われるという今年度の発見は注目に値する。これらのストレスは細胞膜の脂質非対称の状態に影響を与えている可能性を示しており興味深い。特に、外界のpH上昇への適応には、Rim21が発するRim101経路が必要であることが知られており、この結果は外界のpH上昇が細胞膜の脂質非対称の状態変化を通してRim21によって感知されていることを暗示している。外界のpHなどの細胞外物理化学変数の感知機構はほとんど明らかになっていない。これらの細胞外物理化学変数の少なくとも幾つかが細胞膜の状態変化を通してRim21などの細胞膜タンパク質に感知されているならば、細胞膜の役割や定義に大きな影響を与える発見である。この様に、発展性のある成果が得られたが、その裏付けは今後の課題である。総合すると概ね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度にあまり進展がみられなかったRim21Cと細胞膜の相互作用に関する生化学的(in vitro)解析に注力する。Rim21Cの組換えタンパク質の収量が低いことが最大の原因であるので、実験系の検討による収量の増加や、少量で解析可能な方法の検討を行う。 細胞外の物理化学変数の少なくとも幾つかが、脂質非対称などの細胞膜の物性に影響を与え、それを通して細胞膜タンパク質に感知されるという今年度に見出した可能性は、細胞膜の概念を大きく変えるインパクトを秘めている。そこで、この点をさらに進展させたい。具体的には、他の細胞外ストレスに対するGFP-Rim21Cやその変異版の挙動を丹念に追跡する。その挙動に影響を与えたストレスに関しては、RIM21遺伝子欠損株での生育を調べ、それらのストレス応答に脂質非対称センサーRim21が関与するか否かを明らかにする。こうした細胞生物学的、分子生物学的解析によって、細胞外物理化学変数の感知に細胞膜そのものの物性変化が鍵となっているか否かを検証する。 昨年度には、Rim21が発するシグナル伝達の終結にユビキチン・プロテアソーム系が関わることを報告した。また、申請者はこれまでにRim21が発するシグナル伝達そのものにもタンパク質のユビキチン化が関わることを見出している。しかし、後者に関しては、その詳細は明らかになっておらず本研究の申請時にもその解明を目標として掲げている。そこで、今年度はRim21が発するシグナル伝達におけるユビキチン化の役割についても明らかにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度もコロナ禍の影響が続き、オンライン教育への急遽の切り替えなど、研究以外の業務が増加し、研究活動に割ける時間が減少した。そのため、消耗品にかかる費用が減少した。また、研究成果を発表する予定であった学会の幾つかがオンライン開催に形式変更されたため旅費の支出が減少した。これらの理由から次年度使用額が生じた。 次年度は、大学の方針により、教育はコロナ禍以前の対面講義が軸となりそうなことから、オンライン講義の準備に割く時間が減少し、研究活動に割く時間が増加すると期待できる。そのため、消耗品費などが増加すると予想されるので、繰り越し分の多くは物品費に充てる予定である。また、研究成果を発表する予定の学会も対面形式が復活すると予想されるため、その旅費に充てる予定である。
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