研究課題/領域番号 |
19K06576
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
鈴木 誠 東北大学, 多元物質科学研究所, 名誉教授 (60282109)
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研究分担者 |
鎌形 清人 東北大学, 多元物質科学研究所, 准教授 (90432492)
最上 譲二 東北大学, 工学研究科, 助教 (70713022)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ハイパーモバイル水 / DNA結合タンパク質 / 水和自由エネルギー / 1次元拡散係数 / p53 / タンパク質溶媒間相互作用 / がん抑制タンパク質 |
研究実績の概要 |
がん抑制機能をもつp53蛋白質は2重らせんDNA(dsDNA)と非特異結合状態で標的配列をサーチし、標的配列に到達すると強く結合する。そのため非特異配列上では適切な強さの分子間力が必要であり、dsDNA上を速く移動できれば標的配列を短時間でサーチできると考えられる。本研究では、dsDNA周りにハイパーモバイル水(HMW)層の量を誘電緩和分光法により仔牛の胸腺dsDNA水溶液を測定した。その結果、dsDNA鎖のサブGHz域誘電緩和強度と鎖近傍のイオン伝導度の値の違いからDNA鎖(リン酸荷電基と想定)にCaイオンがMgイオンより強く結合するといえる。水和層はゆるく拘束(緩和周波数10.7 GHz)された水和層とバルク水より応答の速いハイパーモバイル水(HMW, 緩和周波数25 GHz)層からなり、2価カチオンを0~3.8 mM と増加するにつれ、それぞれ次のように変化した。HMW層の量はMgイオン添加で減少する一方Caイオン添加で変化は見られなかった。一方、拘束水量は減少することがわかった。この拘束水減少は2価カチオンがdsDNA鎖のリン酸基の負電荷が減少したことを示唆する。以上より、dsDNA鎖への2価カチオン結合と拘束水減少効果は、既報のp53のdsDNA上の1次元拡散係数がCaイオン添加のほうがMgイオンより高いことを説明できる。 理論面では、dsDNA周りのHMW水層内まで接近したタンパク質を通常の静電引力より離れた位置でタンパク質を引き付けておくことで、強い結合をしない状態でより速い1次元拡散を実現できると考え、この新たな分子間引力を裏付ける高電場(~100 MV/m)下においたタンパク質の水和自由エネルギーを分子動力学とエネルギー表示法による計算基盤を確立した。次年度はこの新たな分子間引力について明らかにする予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
DNAの水和状態を測定する実験を仔牛胸腺DNAに対して行ったが、既報のp53の1次元拡散係数測定はλDNA上で行われている。誘電緩和分光測定で必要とする試料の量は40 mg であるため初年度は大量に入手できる仔牛胸腺DNAを測定し、精密な測定基盤を確立できた。真核生物のDNAと原核生物のDNAで異なる水和特性をもつ可能性があるため2年目にはλDNAを測定予定である。当初の計画で予定していた10mg/mlの試料濃度における測定精度を上回る高い精度で再現性の高い測定方法を確立できた。 理論面では、高電場を形成するdsDNAとタンパク質分子との相互作用の強さを知るための基盤として、当初計画ではタンパク質分子の水和自由エネルギーに及ぼす外部電場の影響について計算基盤を構築することが目標であったが、十分な精度で予定を上回る数の試料分子について計算を進めることができ、水和自由エネルギーへの電場効果をほぼ明確に示す結果を得た。さらにタンパク質分子表面の電荷分布の偏りがどのような影響をもたらすか原理を調べるためのモデルを構築した。次年度以降目的とする計算とともにその物理的基盤を明らかにする計算の基本工程を得た。
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今後の研究の推進方策 |
DNA周りのHMWの量と強度の制御法として次の実験を行う。マイクロ波高分解誘電緩和分光法とラマン分光法によってλDNA 周りのHMWを測定する。一定のイオン強度下、2価金属イオン(Mg2+,Ca2+)濃度を変えてDNA周りの水和層のHMW特性を定量的に測定する。DNA周りのHMWへの2価金属イオンやリン酸イオンの影響を誘電緩和分光とOH伸縮バンドのラマン分光測定により、水中の水分子間水素結合率の変化(HMWの目安))を調べる。 λDNAとp53のC末ドメインの結合定数に対するHMWの影響測定蛍光色素を修飾したλDNAの回転拡散がp53結合によって遅くなる現象を利用し、p53の滴定による蛍光異方性の変化から結合定数を測定する。このKCl濃度、2価金属イオン(Ca2+, Mg2+)濃度、リン酸塩濃度への依存性を調べる実験を行う。 DNA周りHMW域の電場計算と、MDとER法自由エネルギー計算法を用いて電場中のp53のC末ドメインの水和自由エネルギー計算を行う。さらにタンパク質分子表面の電荷分布の偏りがどのような影響をもたらすか初年度構築した計算モデルを用いて水和自由エネルギーへの電場効果の原理を調べる。 dsDNA上におけるp53の1次元拡散係数に及ぼすHMWの影響として、λDNA上のp53の1次元拡散係数とHMW量にかかわる2価金属イオン(Ca2+, Mg2+)種、リン酸塩等の相関を引き続き調べる。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請時の計画では初年度に、p53との結合と1次元拡散の実験で使用するλDNAの水和特性を測るための誘電緩和分光とラマン分光測定用に40mg(約50万円)購入する計画であったが採択時の額では必要量を購入できなかったため、測定基盤確立を目的として低価格の仔牛胸腺DNAを使用して次年度の実験の基盤を確立してきた。次年度に初年度予算の一部を回してλDNAを購入することとした。また、λDNA上の1次元拡散の1分子測定実験もそれにあわせて次年度に実施するため予算の一部を次年度に回すこととした。理論計算面では、分担者の計算に要するハードディスクを次年度導入できるようにするため予算の一部を次年度に回すこととした。以上3点の理由で43万円を次年度に使用します。
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