研究課題/領域番号 |
19K06584
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
関山 直孝 京都大学, 理学研究科, 助教 (50758810)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | タンパク質 / 相分離 / 構造生物学 |
研究実績の概要 |
細胞はストレスに晒されると、mRNAを保護・貯蔵するために、ストレス顆粒と呼ばれる「蛋白質-RNA高次会合体」を形成する。ストレス顆粒形成の駆動力は天然変性タンパク質の自己組織化であることがわかってきたが、多くの蛋白質が密集する顆粒内において、非特異的な相互作用を抑制しながら、会合・離散を制御するメカニズムは明らかになっていない。本研究では、天然変性タンパク質が形成する高次会合体の構造学的研究を通して、分子間に働く相互作用を解明し、ストレス顆粒の可逆的な形成メカニズムを明らかにすることを目的とする。 本研究ではモデル蛋白質として、TIA-1 (T-cell intracellular antigen 1) を用いた。TIA-1はストレス顆粒に局在するRNA結合蛋白質で、ストレス顆粒の足場蛋白質であると考えられている。これまでに、TIA-1のカルボキシル末端に存在するプリオン様ドメインが相分離してドロップレットを形成することを見出した。さらに家族性ALS(筋萎縮性側索硬化症)の遺伝子解析から明らかになったアミノ酸変異(ALS変異)が、ドロップレットの安定性向上や運動性の低下を引き起こすことがわかった。 本年度は、ALS変異がプリオン様ドメインに及ぼす構造学的な影響について解析を行った。第一に、核磁気共鳴法によるプリオン様ドメインの構造および運動性の解析を行い、ALS変異は局所的な構造や運動性に影響を与えることを明らかにした。第二に、上記の運動性変化を立体構造に基づいて理解するため分子動力学計算を行った。野生型とALS変異体の計算結果を比較したところ、ALS変異が導入されることで線維構造の構成要素となるベータ構造を形成しやすくなっていることがわかった。 今後は、プリオン様ドメインが形成する高次会合体の立体構造解析や、ストレス顆粒局在タンパク質の網羅的解析を行う予定である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究ではこれまでに、TIA-1のプリオン様ドメインが相分離してドロップレットを形成すること、ALS変異がドロップレットの安定性向上や流動性の低下を引き起こすことを見出した。そこで本年度は、ALS変異がプリオン様ドメインに及ぼす構造学的な影響について解析を行った。 初めに、ALS変異はプリオン様ドメインの微小構造に影響を与え動的運動性を変化させるのではないかと仮定し、核磁気共鳴法による主鎖アミド基の窒素原子核緩和時間測定を行った。緩和時間とは動的運動性や化学交換を反映した値で、構造変化や結合因子との相互作用によって影響を受ける。野生型とALS変異体の緩和時間の比較を行ったところ、変異箇所周辺で運動性が変化している領域が存在した。この結果は、ALS変異が局所的な構造や運動性に影響を与えドロップレットの性質変化をもたらしている可能性を示唆している。 次に、ALS変異による運動性変化を立体構造に基づいて理解するため分子動力学計算を行った。分子動力学計算では分子に含まれる全原子の動きを数値的手法によって予測することで、分子の動的構造を明らかにできる。野生型とALS変異体の計算結果を比較したところ、ALS変異が挿入されることでベータヘアピンやベータストランド構造を形成しやすくなっていることがわかった。このような構造はクロスベータ型やステリックジッパー型など病原性線維の構成要素になりうることから、ALS変異はプリオン様ドメインをベータ構造へシフトさせることで病原性の線維構造形成を促進しているのではないかと考えられる。 分子動力学計算による解析は当初の計画には含まれていなかったが、核磁気共鳴法の結果を解釈するために必要だと考えた。野生型とALS変異型の比較から、その動的構造の差異を見出すことができ、一定の成果をあげることができたと考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
今後はTIA-1のプリオン様ドメインが形成する高次会合体の立体構造を原子レベルで解析することを目指す。これまでに、TIA-1プリオン様ドメインの構造学的研究から、ドロップレット形成に関わるアミノ酸領域を特定した。この領域を断片化し結晶化を試みたところ、野生型およびALS変異型の両方で針状結晶を得た。しかし、得られた結晶は非常に小さく、X線回折実験を試みたが構造解析可能なデータセットを得ることはできなかった。そこで現在、微小な結晶からでも回折データを取得できる電子線回折法を試みている。今後は、電子線回折法を用いた回折データの取得および位相決定を行い、プリオン様ドメインの構造解析を目指す。 次に、TIA-1のプリオン様ドメインが形成するドロップレットは、継時変化や物理的刺激など特定の条件下でアミロイド線維を形成することがわかった。この線維構造はプリオン様ドメイン凝集体の準安定構造であり、ALSなどの神経変性疾患との関連が示唆される。そこで、極低温電子顕微鏡を用いてこのアミロイド線維の構造解析を行っている。これまでに、プリオン様ドメインの様々な領域を用いてサンプル調製および電子顕微鏡測定を試みているが、構造解析可能なデータセットは得られていない。今後は電子顕微鏡測定に最適なアミノ酸領域およびサンプル調製法を探索する予定である。 構造解析に加えて、ストレス顆粒に含まれるタンパク質の網羅的解析も行う。現在、TIA-1ノックアウト細胞に野生型およびALS変異型TIA-1をノックインし、得られた細胞からストレス顆粒を単離する手法の確立を目指している。本手法が確立された後、質量分析法を用いて試料内に存在するタンパク質を網羅的に同定することで、それぞれのストレス顆粒に含まれるタンパク質の違いを明らかにする予定である。
|