研究実績の概要 |
本研究は、タンパク質やその他生体分子が高密度に集まって液体あるいはゲル状の液滴を形成する液-液相分離(liquid liquid phase separation, LLPS)状態にあるタンパク質の動態を計測する手法を開発し、LLPS状態にある抗体医薬品等のタンパク質動態を明らかにすることを目的とした。前年度までにブラウン運動による分子のランダムな回転(回転拡散)とランダムな移動(並進拡散)の速さを同時に測定可能な偏光蛍光相関分光測定と動的光散乱測定を行う装置を開発した。本年度では、残念ながらLLPS状態にあるドロップレット中で有効に測定を実施することが困難であったが、LLPSと同様にタンパク質やその他高分子が高密度に集まった溶液(高分子クラウディング溶液)、ゲル、細胞など様々な試料中で蛍光プローブ分子の回転・並進拡散測定を行うことに成功した。ポリエチレングリコール(PEG)溶液の測定では、低濃度ではPEG分子が顆粒状で存在し、高濃度ではPEG分子が絡み合った状態で存在するという既存の報告とよく一致する結果が得られ、本手法の有効性が示された。また、同手法による測定を複数の細胞株で行い、細胞株によって細胞内の混雑状態が異なることが明らかになった。蛍光プローブ分子の回転拡散の速さは、並進拡散の速さより細胞株間の差が小さく、タンパク質等の隙間の粘度は細胞株ごとの違いは小さいが、高分子同士の隙間の広さは細胞株間で異なることが示唆された。この違いは微小管を破壊すると小さくなったことから、隙間の広さは細胞骨格構造の影響をうけることが分かった。更に、細胞内の混雑状態は細胞周期によっても変化しうるという知見が得られた。本成果は英語原著論文にまとめ報告した。このように生きた細胞内の高分子の混雑状態を評価可能な手法は少なく、今後のLLPSや高分子混雑環境の研究に大きく寄与するものと期待できる。
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