研究課題/領域番号 |
19K06597
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
寺田 智樹 名古屋大学, 工学研究科, 准教授 (20420367)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | タンパク質の構造転移 / アロステリック転移 / 粗視化モデル / ランドスケープ描像 |
研究実績の概要 |
タンパク質の構造転移の理解や制御のためには、タンパク質の構造転移の大域的な自由エネルギーランドスケープの計算が必要であるが、全原子モデルでは長時間にわたる計算が必要であり、簡便には実行できない。そこでこれを可能にすることを目的とした、局所構造変化の協同性を考慮した粗視化モデルであるカメレオンモデルを開発し、より広範囲のタンパク質を対象とできるように改良を行っている。 ドメイン運動をともなうアロステリック転移を起こすマルチドメインタンパク質であるアデニル酸キナーゼを対象にした計算では、カメレオンモデルを用いて計算される構造転移の速度の温度依存性を実験的に観測されている反応速度の温度依存性と比較して、これらがよく一致することを確認できた。このことは、カメレオンモデルが構造空間の広範囲にわたって自由エネルギーランドスケープをよく再現していることを示している。 一方、二次構造の移動をともなうアロステリック転移を起こすシングルドメインタンパク質であるNtrCを対象にした計算では、コンタクトの選び方やポテンシャルの関数形によらずに比較的高い自由エネルギー障壁が存在することがわかったため、マルチカノニカルサンプリング手法の一種であるWang-Landau法を分子動力学法に適用したWLMD法の実装を試みたが、うまく実装することができなかった。 また、四次構造変化をともなうアロステリック転移を起こすマルチサブユニットタンパク質であるヘモグロビンを対象にした計算では、ヘムの粗視化を行うとともに、機能的に重要な部分に限って側鎖原子をあらわに表現するようにモデルを拡張した。この結果、鉄原子付近の微小な構造変化と四つのサブユニットの四次構造変化のあいだにある程度の相関が生じることを確認できた。このことは、ヘモグロビンが酸素結合に伴って四次構造転移を起こす様子をカメレオンモデルで記述できることを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アデニル酸キナーゼについては、構造転移にともなうドメイン開閉とフォールディング・アンフォールディング転移をともに記述できるようになったため、室温から変性温度にかけて構造転移の自由エネルギーランドスケープが温度とともに変化する様子を計算できるようになった。この自由エネルギーランドスケープにおける構造転移の自由エネルギー障壁の高さの温度変化から、構造転移の速度の温度依存性を計算し、実験的に観測されている酵素反応速度の温度依存性と比較したところ、これらはよく一致しており、カメレオンモデルが構造転移の自由エネルギーランドスケープをよく記述できていることがわかった。一方、カメレオンモデルの計算ではアンフォールド時にも変性温度付近でもLIDドメインは安定な構造を取っており、LIDドメインが比較的アンフォールドしやすいという実験結果とは一致しないという問題は残っている。 NtrCについては、自由エネルギー障壁が高い場合でもサンプリングを可能とするためにWang-Laudau分子動力学(WLMD)法の実装をおこなったが、予想より困難であり、期待通りの動作をさせることができなかった。今後はこれとは別のマルチカノニカル分子動力学法を実装する予定である。 ヘモグロビンについては、ヘムを粗視化するとともにヘムの両側にあるヒスチジンの側鎖の原子をあらわに表現し、それらに対してもカメレオンモデルを適用することで、構造転移におけるヘム周辺の局所的な構造変化と複合体全体の四次構造変化のあいだの相関を表現することができるようになった。しかし、サブユニットごとに相関の強さが異なっており、相関の弱いサブユニットも存在した。この点は今後改良する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
アデニル酸キナーゼについては、カメレオンモデルの有効性がある程度示せているので、今後は構造転移経路の分析や自由エネルギーランドスケープをエネルギー由来の成分とエントロピー由来の成分に分解することにより、カメレオンモデルを用いた解析の有効性を示す。また、LIDドメインの不安定性がうまく記述できていない問題が残っているが、コンタクトの同定手法の見直しや、アミノ酸の物理化学的性質に応じて、コンタクト相互作用の深さに強弱をつけることなどの対応が考えられる。 NtrCについては、エントロピックサンプリングというマルチカノニカルサンプリングの手法を用いて分子動力学法をおこなうことにより、自由エネルギー障壁が高い場合でも適切に自由エネルギーランドスケープを描画できるようにする。さらにこの手法を用いて、NtrCの不活性化状態と活性化状態の間の自由エネルギー差を適切に表現できるパラメータセットの探索を行う。 ヘモグロビンについては、カメレオンモデルにおけるポテンシャルの局所環境に対する敏感さを指定するパラメータを調整したり、サブユニット内の相互作用とサブユニット間の相互作用のあいだで異なるコンタクトの選び方や異なる関数形を用いる可能性を検討することにより、四次構造変化を適切に表現できるようにカメレオンモデルを改良する。また酸素の結合解離をモデル化することにより、酸素濃度の変化に伴う酸素飽和曲線がS字型になる様子をカメレオンモデルが再現できるかどうかについても、今後検討する必要がある。 これらの研究を実施するためには、計算機のコア数が多い方が望ましいため、本年度使用予定だった金額を次年度に繰り越し、計算機資源の増強に充てる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では計算機のメモリを増強する計画であったが、新型コロナウイルスの影響で旅費が発生しなかったこともあり、次年度分と合わせて計算機のコア数を増やすことに変更した。
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