運動する細胞において「広がった細胞膜が退縮すること」は重要であり、伸展した細胞膜の形状や張力を感知してRacをオフにするフィードバック制御の存在が示唆される。本研究では「伸展した細胞膜の形状と張力を感知してアクチン重合のネガティブフィードバック制御を行う分子実体」「広がった細胞膜を退縮させ、細胞形態の統一性と可変性を支える自律的なメカニズム」を明らかにするため、F-BARドメインファミリーに属する「srGAP」に着目する。このタンパクは膜の凹面を認識するF-BARドメインと、Racに対するGAPドメインを持つ。予備実験から、srGAP1のF-BARドメインは広がった細胞膜の先端部分に特異的に局在することが観察されている。細胞の運動先端の膜には高い張力がかかっているだけでなく、細胞質側の表面は高度な凹面構造を呈している。そこで本研究では「srGAPが伸展した細胞膜の形状を感知して退縮させるメカニズムを明らかにすること」を目的とする。 本年度においては、前年度までに解析対象としたsrGAP分子種のノックダウン細胞を用いて、細胞膜張力との関連性を詳細に検討した。まず、ヒト正常乳腺上皮由来のMCF10A細胞に特異的siRNAプールをトランスフェクションすることで、ノックダウン細胞を作成した。次に、細胞表面にポリスチレンビーズを付着させ、赤外線レーザー照射によりビーズを引っ張る光ピンセット法により、細胞膜にかかる張力を測定した。その結果、srGAPノックダウン細胞はコントロール細胞に比べて優位に膜張力が低下していることが明らかになった。さらに、細胞膜張力の発生に寄与するERMファミリータンパク質の挙動を観察したところ、ノックダウン細胞では細胞膜直下のERMタンパク質が膜から解離していることが判明した。これらの結果は、srGAPが細胞膜張力の調節に必須の役割を担っていることを示唆している。
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