研究実績の概要 |
上皮は外界から体の内部を保護するバリアとしての重要な役割を担っている。しかし、上皮が効果的なバリアとして働くためには、上皮細胞の隙間の漏れを防ぐ必要がある。ショウジョウバエでは、セプテートジャンクション(以下SJ)という細胞間接着装置がその隙間を塞いでいる。私は、ショウジョウバエ消化管のSJであるsmooth SJ (sSJ)に注目し、その分子構築、形成機構、生理機能と共に、消化管恒常性維持における役割について解析を進めている。2020年度は、新規sSJ構成分子の1回膜貫通型タンパク質Hokaの機能解析を進めた。Hokaを欠失したショウジョウバエは消化管上皮のSJが正常に形成されず幼虫期で発生が止まることが分かった。また、Hokaは他のsSJ構成分子Ssk, Mesh, Tsp2Aと分子複合体を形成し、協調してSJの形成に関わることが明らかになった。次に、ショウジョウバエ成虫の消化管恒常性の維持におけるHokaの役割を解析した。成虫で消化管のHokaの発現を抑制すると、上皮バリア機能が低下し、個体が短命になった。そして、その消化管では幹細胞の著しい増殖亢進と上皮細胞の腫瘍化が観察された。興味深いことに、そのような消化管の上皮細胞では、細胞極性を制御することで知られているaPKC (atypical protein kinace C)の発現が大きく上昇していることが分かった。そこで、Hokaの発現を抑制した消化管でさらにaPKCの発現を抑制したところ、幹細胞の増殖が低下することが分かった。これらの結果より、Hokaはショウジョウバエ消化管においてaPKCの活性を制御し、幹細胞の増殖をコントロールしていることが明らかになった。この研究成果はJournal of Cell Science (2021) 134 (6), DOI: 10.1242/jcs.257022で掲載された。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの成果により、ショウジョウバエ成虫の腸管上皮でsSJ構成分子 Ssk、Mesh、Tsp2A, Hokaの発現をRNAiにより抑制しsSJの機能低下を誘導すると、腸幹細胞の増殖亢進と腸管上皮細胞の腫瘍化が起こることを明らかにした。さらに、その腸幹細胞の増殖亢進にはaPKC, Yki, IL6様サイトカインのUpdといったシグナル伝達因子が関わっていることも明らかにした。今後は、sSJの機能低下からaPKC, Yki, Updを介した幹細胞増殖亢進のメカニズムをさらに追求するために、次の解析を進める。(1)ショウジョウバエ成虫期の腸管特異的なmesh-RNAi(SJ分子RNAi)発現系統を作成:腸管特異的にRNAi発現を誘導できるmyo1A-GAL4によりUAS-mesh-RNAiが飼育温度のシフト(18℃→29℃)により誘導できる系統を作成(myo1A-GAL4ts, UAS-mesh-RNAi系統)。この系統と対象のRNAi系統を掛け合わせることにより、そのRNAiがmesh-RNAiの表現型(幹細胞分裂、腫瘍形成)に影響するか否かを比較的容易に判別できる。(2) aPKC, Yki, Updを介したシグナル経路に関連する因子のRNAi系統を(1)のラインと掛け合わせ、幹細胞増殖亢進に対する影響を解析する。(3)mesh-RNAiにより発現が上昇する因子を複数同定しているので、それらの因子のRNAi系統を(1)のラインと掛け合わせ、幹細胞増殖亢進に対する影響を解析する。(4) (2), (3)の解析で得た候補因子に関して、機能解析を進める。特に幹細胞増殖を誘導するシグナル経路の中のどこで機能するかに注目する。
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