研究課題/領域番号 |
19K06674
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
八杉 徹雄 金沢大学, 新学術創成研究機構, 准教授 (90508110)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ショウジョウバエ / 分化の波 / 数理モデリング |
研究実績の概要 |
様々な生命現象は多様なシグナル経路の複雑な相互フィードバックにより制御される。これまで、個々のシグナル経路の動作機構の理解が進んできたが、多細胞系において複雑なシグナル間相互作用を正確に記述することは困難であった。本研究では、シグナル間相互作用を包括的に理解するモデルとして、ショウジョウバエ視覚中枢の発生に着目している。幼虫期の視覚中枢では、「分化の波」の一方向的な進行に伴って神経上皮細胞から神経幹細胞への分化が起こる。本研究では、数理生物学的手法と実験生物学的手法を融合することにより、「分化の波」の進行を制御する複数シグナルの相互作用の包括的な理解を目指している。これまで私たちが「分化の波」の進行を制御することを報告したEGF、Notch、JAK/STATシグナルに加え、インスリン、TOR、Wntシグナルに着目し、シグナル間相互作用の解明に取り組んでいる。2020年度は下記の3課題に重点をおいて研究を推進した。 1. 細胞の大きさや格子の形状の情報を保存したまま空間離散モデルを連続化する手法を確立し、Journal of Mathematical Biology誌に発表した。 2. 視覚中枢の発生におけるインスリン及びTORシグナルの機能解析を行なった。特にTORシグナルの活性を制御すると考えられるアミノ酸トランスポーターの機能解析を行なった。 3. 視覚中枢の発生において前後方向のアイデンティティを決定するWntシグナルに着目し、「分化の波」の進行における機能を解析した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1. 既存の「分化の波」の進行を表す数理モデルは空間離散的なモデルを用いていたため、細胞分裂などの取り扱いが困難であった。この問題を解決するために、汎用的な「空間離散モデルの連続化」の手法を考案した。この連続化手法を「分化の波」に適用することで、細胞増殖による領域の拡大や、三次元空間におけるシミュレーションを容易に行えるようになった。また、同様の手法を平面内細胞極性の数理モデルにも適用した。以上の成果をJournal of Mathematical Biology誌に発表した。 2. ショウジョウバエのアミノ酸トランスポーターの機能を視覚中枢において特異的に阻害したところ、これまでTORシグナルの上流で作用すると考えられていたアミノ酸トランスポーターは表現型を示さなかったのに対し、別のアミノ酸の輸送を担うと考えられるトランスポーターの阻害は増殖異常の表現型を示した。この結果は、視覚中枢の発生では異なるアミノ酸要求性がある可能性を示唆する。 3. 視覚中枢においてWntシグナルは後方においてのみ活性化され、前後方向のアイデンティティを決定する。視覚中枢の前側においてWntシグナルを異所的に活性化したところ、Wntシグナル活性化領域では「分化の波」の進行が阻害された。そのメカニズムを数理生物学的手法と実験生物学的手法により調べたところ、WntシグナルがEGFリガンドの局在を制御することによって「分化の波」の進行を制御する可能性が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
1. 視覚中枢においてインスリン、TORシグナルの活性を制御する代謝経路に着目し、「分化の波」の進行への影響を調べる。 2. WntシグナルがEGFリガンドの局在を制御する機構について分子遺伝学的、生化学的に解析を進める。得られた結果を数理モデルに導入し、視覚中枢の発生における前後方向のパターン形成を明らかにする。 これらの研究を通して、複数シグナル経路の相互作用の全体像を明らかにし、「分化の波」の進行を制御する複数シグナルの相互作用の包括的な理解を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
組織中の神経前駆細胞の増殖能の測定実験を行ったところ、当初の想定に反し、サンプル間のばらつきが大きく、取得したデータの質が不十分であることがわかった。研究遂行上、高精度なデータの取得が不可欠であるため、実験条件の再検討からやり直している。 神経前駆細胞の増殖能の測定のために、固定サンプルを用いた組織染色と、ライブイメージングを行う予定である。実験遂行のために、組織染色用試薬と培養試薬を購入する予定である。
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