脊椎動物の頭部おより頸部には、発生学的な起源の異なる筋肉が存在する。なかでも鰓下筋群(哺乳類では舌筋および舌骨下筋群が含まれる)は、脊椎動物で広く保存され、機能的・形態的に特殊な筋肉である。その発生過程では、筋芽細胞が後頭部の体節から脱上皮化し、咽頭の後方を迂回して長距離を移動する。令和4年度は、円口類である日本産カワヤツメLethenteron camtschaticumの胚を用い、鰓下筋や四肢筋などの発生に関わる遺伝子を単離し、発現パターンを調べた。また、腱および腱の前駆細胞に特異的に発現する新規遺伝子を単離し、発現パターンを明らかにすることにより、鰓下筋周辺の非筋細胞の移動や分化の状態を解析した。さらに、真骨魚類メダカについて、鰓下筋の形成に関与する新規遺伝子を単離し、発現パターンを明らかにした。分子系統樹解析によって、これらの遺伝子は顎口類の系統で重複し、そのタイミングは鰓下筋形態の複雑化と一致することが示唆された。カワヤツメ、メダカで観察される発現パターンを、トラザメの相同遺伝子の場合と比較し、筋芽細胞の移動と分化タイミングの進化的変遷について考察した。本研究により、ヤツメウナギの筋形成過程で働くPax3、Lbx1等の相同遺伝子が、ヤツメウナギの体節、特に鰓下筋の形成に必須であることを解明した。またLbx遺伝子ファミリーについて、サメでは遺伝子重複によりLbx1とLbx2が存在し、その機能分担が鰓下筋の複雑化に寄与していることを示した。本研究により、鰓下筋の形成を可能にした遺伝子プログラムが複雑で多様な形態に寄与したことを示し、脊椎動物の形態進化のしくみの一端を明らかにした。
|