研究課題/領域番号 |
19K06700
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
田中 歩 北海道大学, 低温科学研究所, 名誉教授 (10197402)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | クロロフィル / 進化 |
研究実績の概要 |
物質、エネルギー代謝は生命活動の中心的な役割を担っている。それらを構成する酵素がどのように誕生し、新しい代謝経路が出現したのかは、生物進化の研究において最も興味深い問いの一つである。そのため、これまでに様々な手法を用いてこれらの課題に取り組まれてきた。酵素は生理的な役割を担う触媒活性以外に、生理的には意味のない触媒活性(promiscuous activity)を併せ持っている。本研究の目的は、このpromiscuousな活性がどのようにして新しい酵素の誕生へとつながったのかを明らかにし、酵素の誕生と進化のモデルを提案することである。 陸上植物の光合成装置はもともと陸上植物の祖先に共生したシアノバクテリア由来のものであると考えられている。我々はこれまでに光合成に関わるクロロフィルの代謝系を調べる過程で、シアノバクテリアのクロロフィル合成系の酵素がpromiscuousな活性を持ち、その活性を利用して陸上植物ではクロロフィル分解系を構築した報告してきた。さらに、様々な環境に生育するシアノバクテリアのクロロフィル合成系の酵素が、その環境に適応していることも明らかにしてきた。このように、クロロフィル代謝は酵素の誕生の進化モデルの解明に適した材料である。これまでにクロロフィル分解の律速段階を触媒するマグネシウム脱離酵素(SGR)を主な材料として研究を進め、この分子の予測構造に基づいた反応機構の解明が具体的な研究課題として設定できる段階にまで到達した。本研究の課題の解決のためにクロロフィル代謝に関わる酵素の解析を進める。 本研究の成果は、遺伝子の改変による人工的な代謝系を利用した有用物質の生産などに応用できる可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ほとんどの酵素は、生理的な役割を持った触媒活性以外に、生理的役割のないpromiscuousな活性を持っている。このpromiscuousな活性は選択圧を受けないため低い状態に保たれていると予想されている。そしてpromiscuousな活性が有用となった場合、選択圧を受けるため、この活性が高まると考えられている。しかし、このシナリオを支持する具体的な酵素進化の例は限られており、概念が先行したシナリオをも言える。また、promiscuousな活性が低い場合、選択圧を受けることができず、その活性を高めることができない。そこで本研究で、申請者は次の二つの考え方を取り入れた酵素の進化モデルを実例をもって提案する。第一はpromiscuousな活性に揺らぎがあり、活性が高い場合も、低い場合もあること。第二は、遺伝子の水平移動を組み込んだ酵素進化のシナリオである。 昨年度はクロロフィルの分解の最初の段階を触媒するMg脱離酵素(SGR)について研究を進めた。SGRは本来植物しか持たないはずだが、光合成を行わない枯草菌などの細菌にもSGRのパラログが存在する。酵素活性の進化を検証するにはその反応機構の解明が重要である。そこで、この酵素の構造予測を、コンピューターを利用したab initio法により行った。その結果精度の高い構造が予測された。アミノ酸置換体を作成してこの予測された構造を検証したところ、構造の維持に重要と思われるアミノ酸を置換したところ不溶化した。この結果も構造予測が正しいことを示唆している。
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今後の研究の推進方策 |
細菌の持つSGRについて基質特異性や反応速度については測定を終えたので、今後はSGRの構造の情報も利用して、酵素の進化の解明を進める予定である。 本年度は以下の研究を実施する。 1,コンピューター予測に基づいた構造の検証をアミノ酸置換体を利用して進める。これまで、保存されたアミノ酸を置換し、組み換えタンパク質が可溶性を維持するか不溶化するかの検証を進めてきた。この結果に基づいてSGRの構造維持に必要なアミノ酸を確定している。一方ゲルろ過クロマトグラフィーにより細菌のSGRの分子量を測定したところ、6量体だと予測された。アミノ酸置換により分子量がどのように変わるかを測定することにより、複合体の構築に必要なアミノ酸も確定する。構造予測したタンパク質から現在のところアスパラギン酸の側鎖がクロロフィルのマグネシウムに配位してマグネシウムを脱離していると推測されている。このアミノ酸の周辺の構造が基質特異性や反応速度などを決定していると考えられる。アミノ酸置換体を作成し、これらの点の検証を進める。 2,構造予測にはコンピューターによる計算は有力な方法ではあるが、X線構造解析も優れた方法である。そこで、X線構造解析のための結晶の作成を進める。予備的な実験においていくつかの条件では、タンパク質の結晶様の構造が観察されている。反応機構の解明において、基質と結合した状態の結晶構造は有力な情報を提供する。クロロフィルのマグネシウムを亜鉛に置換した分子はSGRの基質にならないことという結果を得ている。このクロロフィル類似体を利用して基質と結合した状態でのSGRの構造解析を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は代謝系の進化の解明を目的とするものであり、これまで組み換えタンパク質の生化学的な解析を中心に行ってきた。そうした中、タンパク質の構造に基づいた反応機構の解明が可能な段階に至った。そこでタンパク質の結晶の作成し、その構造の解明を研究目的とした。しかしこれは我々だけでできるものではなく、構造解析を専門とする研究室との共同研究を進めていた。そのような中で昨年度のコロナウイルスの感染抑制のための移動の制限や共同利用施設の閉鎖等により十分な研究を進めることができなかった。そのため当初計画に使用予定であった研究費を次年度に使用する必要が生じた。この研究費を利用することにより、今年度は当初の目的を達成するのに十分な研究が行われると期待される。
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