研究課題
傷害を受けた植物組織は、幹細胞の機能を獲得すると同時に空間位置情報を受容し、適切な位置に適切な組織の再生を行う。しかし、どの細胞が幹細胞化するのか、幹細胞化した細胞が、どのような遺伝子発現を通じて組織を再生しているのか、未解明である。本研究課題では、シロイヌナズナ切断花茎の組織癒合過程、及び胚軸間接ぎ木接着過程について、レーザーマイクロダイセクション法を用いて部位・組織別に回収した極微量組織からのトランスクリプトーム解析とホルモン解析を行い、網羅的かつ定量的な時空間変化を明らかにすることで、ANAC071転写因子ファミリーが傷害組織における「幹細胞化誘導因子」であることを示し、組織再生の時空間的制御系を細胞・分子レベルで明らかにすることを目的として、研究を行う。これまでに、レーザーマイクロダイセクションによって単離したシロイヌナズナ切断花茎の癒合部の細胞を用いたRNA-seq法による網羅的遺伝子発現解析を行い、切断後から癒合が完了する1週間後までの時空間的遺伝子発現解析を行った。同様に採取した組織からの植物ホルモンの網羅的解析を行い、植物ホルモンの時空間的変化を示した。さらに、ANAC転写因子による維管束組織の再生・再分化過程を分子レベルで検討するため、胚軸間接ぎ木を用いた組織癒合過程の解析を行った。また、トランスクリプトームのデータベース解析から、ANACの下流遺伝子を絞り込み、維管束細胞分化誘導系(VISUAL)を用いて、候補遺伝子の維管束分化への関与について評価する実験系を確立し、関連遺伝子の解析を行った。有力な遺伝子に関しては、多重変異体や相補実験のための遺伝子組換え体の作出を進めている。この他、組織癒合過程における細胞分裂の評価を行うことを目的に、EdUを用いた解析及びレポーター遺伝子を用いた解析を行った。
2: おおむね順調に進展している
昨年度からの継続課題として、部分的に切断されたシロイヌナズナ花茎が癒合するまでの1週間の過程において、LMD法を用いた組織回収とRNA-seq法を合わせた解析を進めたことで、組織別の時空間的発現変化の解析が進んだ。さらに、子葉を用いた維管束細胞分化誘導系(VISUAL)を用いたANAC遺伝子の下流遺伝子の探索と評価が進められたこと、胚軸を用いた分化誘導系が確立できたことで、ANAC転写因子の維管束細胞分化に関する研究が進展した。またANAC071・ANAC096転写制御因子が、切断花茎の癒合過程において、木部や髄組織の柔細胞と呼ばれる細胞から形成層細胞に似た性質の細胞を誘導する役割を持つ可能性を明らかとし、国際学術雑誌に論文が掲載された。以上のことから、おおむね順調に進展していると判断した。
ANAC転写因子の下流遺伝子と維管束幹細胞制御機構に関する研究については、下流候補遺伝子の絞り込みが進んだことから、今後も子葉及び胚軸を用いた維管束細胞分化誘導系(VISUAL)や胚軸間接ぎ木を用いて、候補遺伝子の維管束分化への関与についての評価を進めるとともに、新たな変異体・形質転換体の作出についても進める。植物体を用いた作出のほか、新たにシロイヌナズナ培養細胞を用いたANAC過剰発現株の作出と選抜についても取り組み、下流候補遺伝子との相互作用についての解析を試みる。過剰発現体が作出できた場合には、ChiP-Seq法等を行い、ANAC転写因子のターゲット遺伝子や発現調節機構について解析を進める。また、イメージング質量分析計を用いた植物ホルモンの可視化については、進行が遅れていることから、新たなアプローチを検討している。所属キャンパスでは、従来のMALDI-TOF/Mタイプに加え、より高感度のDESI-TOF/MSタイプのイメージング質量分析計が導入されたことから、これらを用いて組織癒合過程における植物ホルモンの局在性の変化について検討して行きたい。
当初予定していた植物学会・植物生理学会・研究打合せなどの出張旅費が新型コロナ感染症対策によりオンライン開催となったため不要となったが、論文再投稿に関わる実験に使用するための試薬消耗品の購入が必要となった。このため、全体的な収支は、おおむね計画通りの使用となった。次年度使用額2,942円は、次年度請求分の助成金と合わせ、試薬消耗品の購入に充てる予定である。
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Communications Biology
巻: 4 ページ: -
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