本研究は、線虫の胚発生において個々の細胞が示す複雑な運動について理解し、その知見をもとに胚発生の頑強性の解明に迫ることを目指す。それぞれの細胞は細胞表層のアクチン骨格の作用によって張力を発生する。張力の空間的な差によって細胞は変形し、運動を生み出す。このような複雑な力学をモデル化するのは困難である。そこで本研究では、ディープラーニングを用いて細胞の座標を学習して、細胞の軌跡を予測するモデルを構築した。 まずこの手法の妥当性を検証するために、原腸形成における細胞の貫入運動の予測を試みた。線虫の原腸形成は、複数回に分かれて起こる。そこで本研究では、最初に起こるEa細胞の貫入運動に着目した。Ea細胞以外の細胞核の座標を入力とし、Ea細胞の核座標を出力するCNNのモデルを構築し、学習をおこなった。このモデルが十分な精度でEa細胞の核座標を予測することが確認でき、この手法の妥当性を確認した。 そこで、線虫の左右軸形成における胚のキラル対称性を破る細胞運動にこの手法を適用した。線虫の左右軸形成では、4細胞期に前極側の細胞で起こる分裂において分裂軸が回転し、左右の非対称性が生じる。この運動を予測するモデルを構築し、核座標を高い精度で予測することに成功した。さらに、胚の境界条件を変化させたときに生じる細胞運動の変化を捉えることができるかを検証した。胚の形を変形させたときの運動をもとに学習したモデルで、胚の変形がない場合の運動を予測させたところ、高い精度での予測に成功した。
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