研究課題/領域番号 |
19K06754
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研究機関 | 総合研究大学院大学 |
研究代表者 |
渡邊 崇之 総合研究大学院大学, 先導科学研究科, 助教 (70547851)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 性的二型 / 表現型可塑性 / doublesex 遺伝子 / 逃避行動 / 攻撃行動 |
研究実績の概要 |
生物は、個体の置かれた環境に応じて発生プログラムを柔軟に変化させることで、様々な環境に柔軟に適応する。生物はこの表現型可塑性と呼ばれる現象により、形態や行動戦略の多様性を生み出す。本研究では、密度効果により体サイズの多型が生じるコオロギを材料に「形態的可塑性とリンクした行動戦略の多型」 の神経基盤解明を目指す。 昨年度に引き続き、本年度はまず成虫コオロギの脳で性特異的な神経回路を構成すると予想される doublesex 発現細胞の可視化 を試みた。昨年度はCRISPR/Casシステムを利用したGeneTrap法により、doublesex遺伝子のintorn領域に蛍光タンパク質遺伝子を挿入した遺伝子組換え個体の作出に取り組んだ。本年度は、昨年度の実験で得られた F1 世代より安定的な遺伝子組み換え系統の作出に取り組むとともに、CRISPR/Cas9システムを利用して外来遺伝子を目的の遺伝子座に挿入する方法として、相同組換え修復もしくは非相同末端結合を利用した方法の確立に取り組んだ。 また昨年度、密度効果が成虫雄間の闘争行動の強度に与える影響を調査したところ、低密度飼育群・高密度飼育群ともに激しい闘争行動を示したことから、 密度効果の影響を確認することができなかった。この実験結果を受け、本年度はコオロギの尾部に弱い接触刺激を与えた際に観察される逃避・攻撃行動に着目し、密度効果が成虫雄コオロギの逃避・攻撃行動の表出頻度にどのような影響を及ぼすかを行動学実験により調査した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は、コロナ禍の影響や研究代表者の異動が重なり、遺伝子組換え系統の作出など長期間にわたって遂行する実験を効率よく進めることができなかった。 1-1. doublesex遺伝子のintorn領域に蛍光タンパク質遺伝子を挿入した遺伝子組換え個体の系統化:昨年度得たGeneTrap法による遺伝子組換えF1個体を継続して飼育し系統化を試みが、F2世代を得ることができなかった。本実験で得られた遺伝子組換え個体では、DNA結合ドメインを含むDoublesexタンパク質のN末端領域が発現する。この欠損型タンパク質の発現が悪影響を及ぼし、F2世代以降の生存率を著しく低下させた可能性がある。 1-2. 新たな遺伝子導入系統の作出に向けた取り組み:DNA結合ドメインコード領域の上流に蛍光タンパク質遺伝子を組み込むことで上記の問題点を解決することを試みた。まず、相同組換え修復(HDR)による外来遺伝子の挿入法が利用可能かを検討した。非相同末端結合(NHEJ)に必須の酵素lig4をRNAiで発現抑制した受精卵に、Cas9タンパク質、doublesex遺伝子に対するgRNA、HDR用DNAコンストラクトを顕微微量注入しHDRが起こるかを検討したが、遺伝子導入個体を得ることができなかった。そのため、NHEJを利用した方法を検討することとした(現在遂行中)。 1.行動学実験:コオロギを様々な密度で飼育し、成虫雄コオロギの逃避行動が密度効果により影響を受けるかを調査した。コオロギの尾部に弱い接触刺激を与えると、刺激源から逃げる逃避行動、もしくは刺激源を攻撃する行動が観察される。低密度・高密度飼育個体に対して接触刺激を与えると、低密度飼育個体は攻撃行動を、高密度飼育個体は逃避行動を示す割合が有意に高いことが明らかになった。なお、行動学実験は神戸大学の佐倉緑准教授との共同研究により遂行した。
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今後の研究の推進方策 |
逃避行動の行動学実験について:これまでの行動学実験によって、集団飼育個体に対する成虫期の長期間隔離は逃避・攻撃行動の表出頻度に影響を与えないことを明らかにしている。今後は、個体の発育過程のどの時期における密度効果が成虫における接触刺激に対する逃避・攻撃行動の表出頻度を左右するかを調査する。さらに成虫コオロギの脳を対象としたトランスリプトーム解析により、密度効果/逃避・攻撃行動の表出頻度とトランスクリプトームを紐付けて解析し、逃避・攻撃行動の表出頻度の差異と関連する遺伝子群の抽出を試みる。 doublesex 遺伝子を発現する神経細胞群を可視化する遺伝子導入系統の作出については、CRISPR/Casシステムを利用したNHEJによりdoublesex遺伝子を完全にノックアウトしつつ 蛍光タンパク質を発現させる遺伝子組み替え系統の作出を進める。既にdoublesex遺伝子を高効率で遺伝子破壊可能なgRNAを同定しており、doublesex遺伝子のノックアウト系統も樹立している。この方法によりdoublesex 遺伝子を発現する神経細胞群を可視化する遺伝子導入系統が作出できた後は、この系統を利用してdoublesex発現神経細胞の神経投射パターンを調査し、そこに体サイズの多型に応じた多様性が存在するかを調査する。さらに、樹立したdoublesex遺伝子のノックアウト系統を利用して脳のトランスクリプトーム解析を進め、雌雄の脳でdoublesex遺伝子の下流で発現制御を受ける遺伝子群の同定を試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の影響により特に本年度の前半に予定していた実験の遂行に支障があった。また、本年度の後半に研究代表者が北海道大学から総合研究大学院大学へ異動したため、その時期に予定していた実験を遅らせる必要が生じた。
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