研究課題
代謝センサーであるKATPチャネルは膵β細胞や脳でグルコースを感知し、全身グルコース恒常性に寄与している。さらに、KATPチャネルの欠損マウス(KO マウス)では脂肪組織での糖取り込みの亢進や高脂肪食負荷時に肥満抵抗性を示すことも報告されている。しかしながらKATPチャネルは脂肪細胞には発現しないことから、我々は脂肪組織以外のKATPチャネルが脂肪組織の代謝を制御している可能性を考えた。寒冷刺激は褐色脂肪や白色脂肪での代謝を変化させ糖・エネルギー代謝を制御することから、我々は寒冷刺激実験で脂肪組織の代謝を解析した。すると、寒冷刺激による褐色脂肪や皮下脂肪組織でのPGC1aの発現誘導を調べたところ、KOマウスでは寒冷暴露による褐色脂肪組織でのPGC1aの発現誘導が完全に消失していた。そこで、寒冷暴露により上昇するPGC1aの発現に中枢でのKATPチャネルが関与している可能性を考え、令和2年度には脳特異的KOマウスを作製し、寒冷刺激による表現型や誘導される遺伝子プロファイルの変化を解析した。すると、全身KOマウスと同様に寒冷暴露によりPGC1aの発現上昇の障害が見られた。さらに、面白いことに野生型マウスでは脂肪酸不飽和化酵素であるScd1と、脂肪酸伸長酵素であるElovl6の遺伝子発現が白色脂肪組織において上昇するが、全身KOマウスではその遺伝子発現誘導が障害されていた。そこで令和3年度には脳特異的KOマウスを用いて、白色脂肪組織におけるScd1やElovl6の2つの脂肪酸代謝酵素に着目し、KATPチャネルの役割を個体レベルおよび細胞レベルで解析する。
2: おおむね順調に進展している
令和2年度は中枢でのKATPチャネルの脂肪細胞の代謝調節への役割を解析するため、脳特異的KOマウスを作製した。すなわち、神経細胞特異的にKir6.2を欠損させたマウスを作製する為Kir6.2 lox/loxpマウスとSynapsin-Creマウスを交配した。面白いことに、寒冷暴露時のこのマウスの表現型が全身KOマウスと一致したことから、中枢のKATPチャネルが脂肪組織への代謝を制御していることが示された。このようなことから、令和2年度我々の研究はおおむね順調に進んでいると考えている。
令和3年度も、本申請で提案した計画通り、熱産生調節におけるKATP チャネルの役割の解析を行う予定である。特に、令和2年度に得られた脳特異的KOマウスの表現型の解析から、寒冷暴露時の白色脂肪組織での脂肪酸触媒酵素の発現異常が寒冷応答にどのように寄与しているかを検討する。近年の報告からSCD1は皮下脂肪において不飽和脂肪酸産生を介して脂肪を動員し、適応性熱産生に重要な役割を果たすことが知られている。従って、本年度には野生型、全身KOマウス、脳特異的KOマウスを用いて白色脂肪でのリピドミクスをLC-MS/MSを用いて明らかにする。また、Scd1の過剰発現では脂肪組織トリグリセリドリパーゼ(Atgl)の発現が上昇すること、白色脂肪組織でのAtgl発現は寒冷応答による体温維持に非常に重要であることからそれぞれのKOマウスを用いてAtgl発現をmRNAレベルとタンパクレベルで検討する予定である。さらに、令和2年度には筋肉でのKATPチャネルの寄与に焦点を当てて実験を行った。骨格筋の筋芽細胞を単離/初代培養し、筋管細胞への分化を誘導する実験系も確立し、遺伝子発現を検討したところ非震え熱産生に重要な遺伝子群であるSerca2a、Sarcolipinの明らかな発現が確認できた。SarcolipinはCamKII-PGC1a signaling経路を介してミトコンドリアの生合成や酸化的代謝を促進することが報告されているので、平和3年度は脳特異的KOマウスを用いて、筋肉での非震え熱産生に中枢でのKATPチャネルの関与を個体レベルと分子レベルで検討する。
当初、令和元年度にリピドミクスの解析を行う予定であったが、筋肉でのKATPチャネルの関与を検討する目的でin vitroの実験系の樹立を先行して行ったことと令和2年度には脳特異的KOマウスを作製し、遺伝子発現変化が全身KOマウスと一致することを見出した。その為、個体レベルのリピドミクスの解析は脳特異的KOマウスの表現型の解析後に、野生型マウス、全身KOマウス、脳特異的KOマウスを比較解析することにより、より重要な知見が得られると考えている。そのことから、令和2年度で未使用となった予算を令和3年度に使用させていただければと考えている。(使用計画)野生型マウス、全身KOマウス、脳特異的KOマウスを寒冷暴露し、リピドミクスの解析を行う予定である。
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すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (5件) 備考 (1件)
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