代表者は先行研究において、昆虫のフタホシコオロギ(以下コオロギ)の老齢個体では長期記憶が形成されなくなる、すなわち加齢性記憶障害がみられることを発見している。さらに、抗酸化物質であるメラトニンとその代謝産物であるN-acetyl-5-methoxykynuramine (AMK)がその加齢性記憶障害を改善することを報告している。 代表者は、「コオロギの加齢性記憶障害は長期記憶の形成にかかわるメラトニンとその代謝産物(AFMK、AMK)の脳内量の加齢に伴う低下に起因する」という仮説を立て、高速液体クロマトグラフ質量分析(LC-MS/MS)を用いた定量実験によりその仮説を検証した。その結果、老齢コオロギは若齢コオロギに比べて、脳のメラトニン量および AFMK量が有意に低いことが分かった。一方AMKは若齢コオロギと老齢コオロギともに検出できなかった。また、酸化ストレスマーカーである8-ヒドロキシグアノシン(8-OHdG)およびグルタチオンの量をLC-MS/MSで測定したところ、老齢コオロギは若齢コオロギと比べ、脳内の8-OHdG量が多く、逆にグルタチオン量が少ない傾向が見られた。 さらに、コオロギの脳において、加齢に伴う発現変動遺伝子(Differentially Expressed Genes: DEGs)を調べるために、老齢コオロギと若齢コオロギの脳からRNAを抽出してRNA-seq解析を行い、DEGsをKEGG pathway解析、Gene Set Enrichment Analysisにて評価した。その結果、若齢コオロギと比べて老齢コオロギで発現量が低下した遺伝子群には、グルタチオン生合成系関連酵素群の他、糖転移酵素、チューブリンチロシンリガーゼ、脂質代謝関連酵素など、老化関連遺伝子や記憶関連遺伝子が含まれていた。
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