研究課題/領域番号 |
19K06760
|
研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
香取 将太 福井大学, 学術研究院医学系部門, 特命助教 (50562394)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 匂い学習 / マウス / 忌避行動 / 接近行動 |
研究実績の概要 |
哺乳類・鳥類にとって養育期は生存が脅かされる期間であり、子自身には生存確率を上げる何らかの能力が備わっていると考えられる。鳥類は、孵化直後目前で動き、声を発するものを短時間で親であると覚える性質を持つ。この現象は刷込と呼ばれ、自身の生存確率を上げるために大きく貢献していると考えられる。マウスの場合、目や耳の穴が開くのはおよそ生後2週齢以降であるので、それ以前は嗅覚や触覚刺激が生存確率を上げるために大きく寄与していると考えられる。本研究では、匂い学習によって生存確率を上昇させるメカニズムを神経回路レベルで明らかにすることを目的とした。 初年度に明らかにしたことは、哺乳期間中母親マウスに人工的な匂い物質を連日塗布すると、その直後は単独提示した匂いに対して接近行動を示すことである。また、塗布する匂い物質が、中立的な場合だけでなく、忌避的な場合でも接近行動が見られた。ただし、塗布をやめると、数日で接近行動は見られなくなった。ここで見られた接近行動は本来、直近の母親の匂いを覚えることで母親に近づき、保温され、母乳を得て生存確率を上げるという意義があると考えられる。また、忌避的な匂いを母親に塗布し、接近行動が惹起される場合、忌避行動を抑制する回路と接近行動を促進する回路が同時に活性化していると考えられる。そこで、匂い学習に依存して変化する神経回路を、神経活動に依存して発現が上昇するc-fos遺伝子を指標に調べた。匂い刷込学習により神経発火のパターンが変化する脳領域がこれまでに見つかっており、現在はこの領域の破壊実験によって匂い刷込学習における必要性を検討しているところである。今後は、光遺伝学による神経活動制御技術、神経活動の可視化技術を用いて、匂い刷込学習を行う時 、忌避行動が抑制され、接近行動が惹起される仕組みをより詳細に明らかにすることを目標とする。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
4-methylthiazol (4MT)はストレスを生じる忌避的な匂いである。新生仔期(生後1週間以内)に4MTを染み込ませた紙を飼育ケージ入れると、6週齢の時点では4MTに対してストレスは生じず、むしろ4MTに接近する行動が増加する。さらに、ストレスのかかる新規環境下では4MTにストレス緩和の効果が見られる。これらの結果が所属研究室で得られており(未発表)、このメカニズムを解明することが本研究の目的の一つであった。しかし、これまでのところこれらの再現性はとれていない。そこで、条件づけの方法を変更し、母親に4MTを塗布したところ、その仔は4MTに対して接近行動を示すことが確かめられた。この行動は長期的には持続しないなど、上記の結果との相違が見られるが、忌避的な匂いに対して接近行動を示すという重要な部分は確認することができた。その行動変容の基盤となる神経回路レベルでの変化を明らかにするために、4MTに対する神経発火パターンをc-fos遺伝子発現を指標に解析したところ、脳の複数の領域で神経発火パターンが変化していることが明らかになった。以上の結果より、本研究はおおむね順調に進展している。
|
今後の研究の推進方策 |
哺育期間に母親マウスに忌避性匂い物質4MTを塗布すると、その仔は4MTに対して接近行動を示す。これらの群と4MTを塗布しないコントロール群において4MTを嗅がせた時の神経発火パターンを比較したところ、4MT塗布群で顕著に神経発火の亢進が見られる脳領域の一つとしてカジェハ島が見つかった。カジェハ島は腹側線条体に位置する脳領域であり、動機付けに関与するのではないかと推測されているが、その明確な機能は未だ同定されていない。今後、カジェハ島などいくつかの候補領域を破壊したとき、4MT塗布群が4MTに対して接近行動を示すか否かを見ることで、行動変容の責任部位の同定を行う。また、責任部位を同定後、その責任部位を破壊した上で4MTを嗅がせ、そのときの神経発火パターンを解析することで、神経回路の全体の流れを追跡する。さらに、4MT塗布群で4MTに依存して発火する神経細胞のみを標識して光遺伝学により神経発火を制御する方法を用いて、着目した神経細胞群の必要性/十分性をより詳細に解析する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
実験の都合で当初予定していた海外での研究発表がなくなったため、次年度使用額が生じた。ただし、新型コロナウイルスの感染が世界中で広がっているため、次年度の海外渡航は控える可能性が高い。代わりに、物品費に使用する予定である。
|