本能的判断に基づく行動は生存確率を上げるため、多くの場合有益である。一方、本能的判断が逆に生存確率を下げると学習によって判断したときは、本能的判断を抑制し、学習に基づく有益な行動への切り替えが必要となる。しかし、本能的判断が学習によって抑制される機序や、判断を切り替える機序はよく分かっていない。本研究ではそれらの機序を明らかにすることを目的とした。 本研究では授乳期後期の仔マウスを対象に実験を行った。授乳期の仔マウスは、忌避臭を避ける。一方、授乳期の母親に忌避臭を塗布することで、その仔が忌避臭に積極的に近づき、接近行動を示すことを明らかにしてきた。さらに、その仔マウスは忌避臭に対するストレスホルモンの分泌が抑制され、恐怖やストレスに関連する脳領域の発火も抑制されることを明らかにした。以上の結果から、仔マウスにおいて母親の世話が報酬となって忌避臭と結びつく連合学習が成立し、その行動を切り替えている可能性が考えられた。 最終年度は、母親の世話が報酬であることを確認するために、母親から隔離して忌避臭を嗅がせる実験を行った。ところが予想に反し、その場合でも忌避臭に対して接近行動を示すことが明らかになった。それを裏付けるように、母親に忌避臭を塗布したとき、母親は育仔放棄していることが明らかになった。さらに、中立的な匂いを用いた実験でも、母親から隔離した時に匂いを嗅がせることで接近行動を示すことが明らかになった。以上の結果から、授乳期後期では母親の育仔放棄(あるいは隔離)がトリガーとなって、その時に嗅いだ匂いに対して接近行動を示すという非常に興味深い現象を見つけた。仔マウスは授乳期後期を過ぎれば自活できる。上記の現象は親離れをサポートする性質である可能性が高い。親離れを後押しするメカニズムについては研究が進んでいなかったが、本研究はそれに対して一石を投じることができたと思われる。
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