巣や餌場などの目的地へ移動する「ナビゲーション行動」では、移動中に方向情報と距離情報を逐次取得しそれらを統合して移動を完遂するが、脳内での統合の仕組みについてはほとんどわかっていない。そこで、本研究ではどのように方向情報と距離情報が脳内で統合されるかを明らかにすることを目的としている。 今年度は、これまでの組織化学的研究で得られた知見を利用してミツバチの電気生理実験を行う予定であったが、本研究の遂行中に、実験のための麻酔が記憶した方向情報に影響を与えていることが見出された。これは悲観的な結果を意味するのではなく、これまで多くの研究者が予想していた、ミツバチが方向を検出する際に働くという偏光情報の時間補償機構を見出した可能性を意味している。そこで、この発見を時間補償までを考慮した方向情報の処理機構の解明への絶好の機会と捉えてその後の研究を行った。 昨年度までに、ミツバチが方向情報を得るために利用している偏光を検出する複眼背側部(DRA)の光に対する応答の強度が、記録した時刻によって変化することを見つけていた。そこで、今年度はDRAニューロンが時間補償を受けるのかどうかを明らかにするために、概日時計に関与するPDFという物質に着目し、DRAニューロンとPDFニューロンとの接続を解剖学的に調べた。その結果、視葉の背側でこの2種のニューロン群がきわめて近傍に位置することがわかった。このことは、ミツバチの偏光情報処理機構に何らかの時間補償機構があり、それが視葉の背側であることを意味する。 ミツバチの方向と距離の情報統合は脳内で概日時計の制御を受ける精巧なシステムであることが強く示唆される。
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