社会性昆虫コロニー内の社会的環境に応じて概日リズムの有無がスイッチする現象である「概日リズムの可塑性」について、それを制御する生理機構はほとんど分かっていない。これまでの研究代表者の研究により、概日リズムの可塑性を制御する仕組みは、概日時計から運動出力に至るまでの経路上に存在すると考えられている。本研究は、特にショウジョウバエで報告されている脳の概日時計細胞から出力を担う神経ペプチド群が、セイヨウミツバチでもこの経路上で時刻情報の伝達を担い、かつ、概日リズムの可塑性の制御にも関与する、という仮説の下で行われている。本研究は、この経路上に存在する神経ペプチドの探索を目的としている。 2021年度は、2020年度に確認できた時計遺伝子PERIODと神経ペプチドsNPFが共発現する細胞を中心に、ミツバチワーカー脳においてsNPFがどのような発現をしているか個体数を増やして解析した。その結果、前大脳背側前方に単一のクラスター状で存在するsNPF陽性細胞の細胞体の個数が、解析した24個体のなかで片半球あたり0-14個といった範囲で個体間のバラつきがあることが分かった。PERIODを共発現するsNPF陽性細胞は片半球当たり1-2個だった。セイヨウミツバチにおいて神経ペプチドsNPFの脳内の局在をペプチドレベルで示したのは本研究が初めてである。また、sNPF陽性細胞の一部がPERIODを発現する時計細胞であることは、sNPFが概日時計からの時刻情報の出力を担う神経ペプチドであるという仮説を支持する。他の研究グループによる解析で得られたミツバチ脳で発現する成熟ペプチドの配列情報を参考にし、インジェクション用sNPFペプチドを作成した。sNPFが関与する脳内の神経伝達経路を明らかにするために、ミツバチsNPF受容体特異的抗体を作成した。
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