研究課題/領域番号 |
19K06775
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
渡邉 英博 福岡大学, 理学部, 助教 (90535139)
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研究分担者 |
西野 浩史 北海道大学, 電子科学研究所, 助教 (80332477)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ワモンゴキブリ / 不完全変態昆虫 / 性フェロモン / 嗅覚 / 嗅感覚細胞 / 投射ニューロン / 脳 / 性行動 |
研究実績の概要 |
2019年度研究計画では、ワモンゴキブリの感覚系および一次嗅覚中枢において、性フェロモン処理機構が成長過程でどのように発達していくのかを明らかにする研究を立案した。 感覚系ではワモンゴキブリの幼虫と成虫の性フェロモン受容器の違いを形態学的、神経生理学的に明らかにした。成虫オスの触角上に存在する性フェロモン応答性の感覚子は最終脱皮の際に触角全体に大量に出現する。感覚子の微細構造の電子顕微鏡観察とその機械学習による解析によって、幼虫の特定の感覚子が伸長することによって成虫の性フェロモン感覚子に変化することを明らかにした。また、電気生理学実験により、形態変化前の幼虫の感覚子にも性フェロモン感覚細胞が内在することを明らかにし、性フェロモン感覚細胞の応答特性を成虫と終齢幼虫、若齢幼虫で比較した。その結果、最終脱皮時の感覚子の形態変化に伴い、性フェロモン感覚細胞の性フェロモンに対する応答感度が約10倍上昇することが明らかになった。 性フェロモン応答性の感覚細胞は一次嗅覚中枢である触角葉の大糸球体で二次ニューロンである性フェロモン応答性の投射ニューロンにシナプスする。成虫では、性フェロモン応答性の投射ニューロンは15本存在することが知られている。19年度はこれら性フェロモン応答性の投射ニューロンが成長段階でどのように発生・発達するのかを形態学的に明らかにした。結果、性フェロモン応答性の投射ニューロンは初期発生の段階で全て存在しており、成長段階依存的に樹状突起の分布パターンが変化することが示唆された。 これらの研究成果をまとめると、性フェロモンに対して性行動を示さない幼虫でも性フェロモンを受容・処理する末梢から中枢までのニューロン群ははすでに存在していることが明らかになった。しかしながら、幼虫では性フェロモンの受容感度が低く、脳内での処理経路も完全には発達していないものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では不完全変態昆虫の成長に伴う性フェロモン受容・処理経路の発達過程を明らかにするうえで、以下の三つの研究を並行して進めている。(1)幼虫と成虫の性フェロモン受容能の違いを明らかにする。(2)成長に伴い、脳内で新規に発生するニューロンを同定する。(3)性行動を駆動する脳内ニューロンを同定する。本項では各研究課題の19年度の進捗状況について報告する。 (1)の研究課題では、実際に性フェロモン感覚細胞の応答感度が幼虫と成虫で違うことを電気生理学的に明らかにし、第41回日本比較生理生化学会でその結果について研究発表を行った。現在、さらに実験を進めており、成虫オスにおける性成熟に伴う応答感度の変化や雌雄での応答感度の違いを明らかにしている。また、この応答感度の変化が何に起因しているのかを明らかにする研究に着手している。(2)の研究課題では、成長過程で新規に発生する末梢および中枢のニューロンを同定した。特に、二次嗅覚ニューロンである性フェロモン応答性投射ニューロンは初期発生の時点で全てが発生していることが明らかになった。この投射ニューロンの樹状突起の分布パターンが成長段階依存的に変化することが示唆されたため、現在さらなる実験と解析を進めている。(3)の研究課題では、神経活動マーカーである抗pERK抗体を使って形態学的解析を進めている。抗体免疫染色の結果、全大脳側葉の一部のニューロン群が成虫オス特異的に性フェロモンで活性化されることを明らかにしている。 このように各研究課題において、すでにかなりの進展がみられる。また、一部の研究成果については19年度に研究論文として報告した。このため、本研究課題はおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
19年度の研究により、終齢幼虫から成虫に脱皮する際に、性フェロモン応答性の感覚子が形態変化を起こすこと、この形態変化に伴い、内在する感覚細胞の性フェロモン応答感度が変化することが明らかになった。20年度はこの性フェロモン感覚細胞の感度上昇のメカニズムを明らかにする研究をおこなう。第一に、最終脱皮時の感覚子の伸長に伴い、感覚子の微細構造に変化が起きているかどうかを電子顕微鏡によって観察する。特に、匂い分子が通過する嗅孔の数と構造変化に注目する。最終脱皮時の感覚子の伸長に伴い、内在する感覚細胞の樹状突起も伸長するため、内在感覚細胞の性フェロモン受容体の発現量も増加すると考えらえる。ワモンゴキブリにおいては性フェロモン受容体の候補遺伝子は同定されているが、それが機能的であるかの研究はまだなされていない。そこで、RNA干渉法を用いて、受容体候補遺伝子の機能を阻害した状態で電気生理実験を行い、ワモンゴキブリの性フェロモン受容体を同定する。つづいて、同定した性フェロモン受容体の感覚子レベルでの発現量の違いを幼虫と成虫でRT-PCR法を用い比較する。上記の分子生物学実験については、ワモンゴキブリの遺伝学に精通する北海道大学の水波教授の研究室に、本研究費を用いて学生を派遣し、研究技術の習得を行う予定である。これら一連の分子生物学実験、形態学実験、電気生理学実験を通して、ワモンゴキブリの性フェロモン受容過程とその発達の過程を明らかにする。 上記の感覚系の研究に加え、19年度に行った、成長に伴う脳内ニューロンの発達の様式についての研究も継続する。また、20年度は新たに、19年度に購入した暗視ビデオカメラを用いた行動実験系も立ち上げ、ワモンゴキブリの幼虫が性フェロモンを受容できる行動学的な意味についての研究も始める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画を実施するために人件費を計上していたが、適当な人材を雇用するまでに時間がかかったこと、研究計画が思いのほか順調に推移し、計画していたアルバイトを雇用しないで済んだことなどから15万円程度の残額が生じた。令和2年度は、当該年度に雇用した実験実施者を引き続き雇用するため、この残額はそのまま令和2年度の人件費として計上したい。
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