研究課題/領域番号 |
19K06779
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
青木 摂之 名古屋大学, 情報学研究科, 准教授 (30283469)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | シグナル伝達系 / 多段階リン酸リレー / ヒメツリガネゴケ / ヒスチジンキナーゼ / 二分子蛍光補完法 / Per-Arnt-Sim(PAS)ドメイン |
研究実績の概要 |
コケのPASヒスチジンキナーゼ1/2(PHK1/2)とヒスチジン含有リン酸転移因子1/2/3(HPt1/2/3)について次の成果を得た。 1)細胞内局在の解析 パーティクルボンバードメント法を用い、コケ原糸体細胞内でGFP融合タンパク質を発現させ、PHK1/2、HPt1/2/3それぞれの細胞内局在パタンを観察した。その結果、HPt1/2/3は細胞質と核の双方に分布し、PHK1/2は核のみに強く局在することがわかった。 2)核局在シグナルの同定 cNLS mapper等のプログラムを用い、PHK1/2の核局在シグナルを予測した。予測配列にみられる塩基性アミノ酸モチフKRKRをAAAAに変異させ、GFPを用いてPHK1/2の局在パタンを調べたところ、核局在はみられず、細胞質に局在したため、予測が正しいことを実証できた。 3)二分子蛍光補完(BiFC)法による相互作用解析 BiFC法により、原糸体細胞内におけるPHK1/2とHPt1/2/3間の相互作用を調べた。その結果、PHK1/2はどちらも、HPt1/2と核内で相互作用すること、HP3とは相互作用しないことがわかった。 4)赤色光による局在/相互作用の制御 上記解析の展開として、赤色光を原糸体に照射することにより、i)PHK1は核に加え細胞質にも分布するようになる;ii)PHK1/2―HPt1/2間の相互作用もやはり核に加え細胞質でも見られるようになることがわかった。その一方で、青色光の照射は、細胞内局在と相互作用のどちらのパタンにも影響しないことがわかった。 5)光によるPHK1/2とHPt1/2の発現の共抑制 qPCRによる解析により、白色光を原糸体に照射することによって、PHK1/2とHPt1/2をコードするmRNAの量が抑制されることがわかった。一方でHPt3をコードするmRNAには影響が見られなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
一昨年の段階でシロイヌナズナのプロトプラストを用いて予備的な結果は得ていたが、パーティクルガンを用いた移入法によるGFPレポーターの一過的発現により、PHK1/2がコケの細胞において強い核局在を示すことを昨年度内に明らかにできた。また、この局在の要因として働く核局在シグナルを同定した。植物の多段階リン酸リレーにおいて、HKは多くの場合、膜貫通(TM)ドメインを持つ膜局在タンパク質であり、核局在を示すものは知られていない。TMドメインを持たないPHK1/2が細胞のどこで働いているかは研究の焦点の一つだったが、これをはっきりさせることができた。 また一昨年、酵母2ハイブリッド法によりPHK1/2とHPt1/2の相互作用を検出していたが、この結果を、BiFC法を用いることでコケ細胞において検証し、また細胞内での相互作用部位をさらに局限することができた。核での相互作用はPHK1の核局在の観察結果と合致するため、PHK1(とおそらくはPHK2)の核局在により、相互作用の場が決められていると考えられる。光によるPHK1/2とHPt1/2の共抑制は、PHK1/2から相互作用パートナーのHPt1/2へのシグナル伝達を効果的に行うための制御に基づくのであろう。 PHK1/2は、赤色光による原糸体分岐の抑制因子であることを論文報告した(2018年)が、PHK1の細胞内局在とPHK1/2―HPt1/2の相互作用の赤色光による制御は、この原糸体分岐の抑制において分子基盤として働く可能性が強く示唆される。 以上のとおり、昨年度の成果によって、PHK1/2に始まる多段階リン酸リレーの生理機能とその分子基盤について大きな手がかりが得られたと考えられる。この理由に基づいて、「おおむね順調に進展している」を選びました。
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今後の研究の推進方策 |
1)PHK1/2の生理機能の解析 PHK1/2遺伝子破壊株は、嫌気条件下で野生株に比べ原糸体の生育が促進される、という結果が予備的に得られている(龍ら、2018)。この結果の再現性を調べ、さらに、DAPIで核を染色したうえで細胞分裂の状況を、またcalcofluor whiteで細胞壁を染色したうえで細胞分化・伸長を野生株とPHK1/2破壊株との間で比べ、細胞のどのような特徴に影響があるかを詳細に調査する。 2)PHK1/2による下流遺伝子の制御機構 環境の酸素濃度、培地中の糖濃度、光条件などの環境条件を変え、野生株とPHK1/2遺伝子破壊株のあいだで、Hxk1B、SNF1といった糖代謝関係遺伝子など、下流遺伝子の候補の発現の違いをqPCRで調べる。これにより、PHK1/2に始まる多段階リン酸リレーがシグナル伝達する環境要因と下流遺伝子群を探る。 3)サイトカイニン・シグナル伝達系とのクロストークの解析 サイトカイニン(CK)存在下または非存在下で、CKに制御される茎葉体形成制御因子の発現を、野生型株とPHK1/2遺伝子破壊株の間で比較する。さらにCKシグナル伝達を担う多段階リン酸リレー因子のヒメツリガネゴケ・ホモログ群と、PHK1/2、HPt1/2との相互作用をY2H、BiFC等により調べる。 4)ゲノム比較に基づくPHK1/2シグナル伝達の進化解明:できるだけ多数の多様な緑色植物系統の配列情報を用い、HK、HPt、レスポンスレギュレーターについて系統解析を詳細に行い、オルソログ関係を解明する。また、各系統群に固有の因子を同定し、植物の進化・多様化に伴う多段階リン酸リレー因子の構造・機能の推移と多様化を推測する。 これらの解析結果を総合し、陸上植物のHKとして多くのユニークな特性を持つPHK1/2が構成するシグナル伝達系の生理機能と、その基盤となる分子機構を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
4月から5月にかけての緊急事態宣言に伴う大学のコロナ対応により、大学院生の登校禁止など、研究の進行に支障がでる期間がある程度あった。その後の努力により、研究成果はほぼ満足いく内容にできたと考えているが、特にPHK1/2の下流遺伝子の同定などについて、計画よりも進まなかった部分があり、それに対応する消耗品費、さらには学会参加のための交通費として予定していた経費の分が 余ったため、次年度使用額が生じました。幸い金額は若干であるため、今年度、上記の研究部分の進行に力を入れることにより、十分消化できると考えています。
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