研究課題
ヒト疾患データベースには1,000を超える男性不妊候補遺伝子が登録されている。しかし、これらはオミクス解析によるもので、関連を掘り当てたにすぎない。実際、その多くはマウス、ショウジョウバエといったモデル生物でオス不妊遺伝子に挙げられていない。そこで,これらの候補遺伝子が実際にオスの妊性へ関与するのか、ショウジョウバエをモデルとして検証することを目的とした。昨年までに実施したRNAiスクリーニングによって同定した63の新規オス不妊遺伝子のうち、興味深い表現型を示した Rack1 と Nep4 に関して解析を進め、次の結果を得た。Rack1は初期生殖細胞系列と精原細胞あるいは精子成熟過程の2つのステップで働くことが明らかとなった。後者においては精子形成に顕著な異常をもたらさないが、射精後、メスの子宮から貯精器官である受精嚢に正常に移行できない。そのためにオス不妊となる。一方、Nep4のヌル(機能破壊体)アレルのホモ接合体は生存、メスの妊性に影響を及ぼさないが、オスは完全不妊となる。このオスも、ほぼ正常に見える精子を作ることができ、精子は正常にメスの貯精器官に移行する。ところが、それから間もなく貯精器官から精子が捨てられはじめ、24時間後には5%以下にまで減少する。残った精子も受精率は低く、また受精できても胚発生が正常に進行せず、致死となる。いずれも精子とメスの細胞・器官とのコミュケーションにエラーが生じていると示唆される。こうした新たな遺伝子の同定は精子成熟あるいは以降のプロセスをより良く理解する助けになるとともに、オスーメス間の新たな相互作用の発見につながることも期待される。
3: やや遅れている
精子とメスの細胞・器官とのコミュニュケーションに働くと予想される遺伝子を同定し、メスの受精嚢への移行、受精嚢での正常な貯蔵・利用に障害であることを明らかにできたことは前進である。その遺伝子の一つはタンパク質のペプチダーゼをコードする。しかし、このペプチダーゼが精子成熟過程で精子膜上あるいは細胞内にもたらす変化、あるいはメス体内での変化を同定することは容易ではないことが明らかになりつつある。オス体内でさえ精子形成後の成熟過程でのタンパク質の変化は想定以上に多く、さらにメス体内での働きの可能性も検討が必要である。作用組織がオス体内かメス体内か、あるいは両方かを明らかにすることから始めるべきであろう。まずはタンパク質分子の発現部位、時期を明らかにするため、ゲノム編集による遺伝子のタグ付けを試みたが成功できていない。このステップを速やかにクリアすることが求められる。
野生型では、射精後、精子はメスの貯精器官(受精嚢及び管状受精嚢)に到達、効率的に貯蔵・利用される。今回、解析したRack1、Nep4はそれぞれ精子のメスの貯精器官への移行、貯精器官での正常な貯蔵・利用に障害があった。いずれも精子とメスの細胞・器官とのコミュケーションエラーによると推察される。特に後者の貯精異常が精子の機能破壊によるのか、あるいは機能獲得型の影響か明らかにする必要がある。また、貯精器官への精子の移動に化学受容が関わっているかも興味深い。メスの細胞・器官とのコミュケーションに関わるオス分子として最もよく知られているのはSex Peptide(SP)である。この精液タンパク質はオスの付属腺で作られ、交尾によって精子とともにメス体内に移行する。メスの貯精器官で精子に結合し、メス細胞で発現するSP受容体を活性化、メスに生理的、行動の変化を誘導する。しかし、これ以外に精子とメスとのコミュニケーションに関わる機構、分子についてはまったくと言っていいほど知られていない。その理由の一つはメスの貯精障害をスクリーニングする有効な系がなかったことがあげられる。管状受精嚢で高発現する遺伝子から、管状受精嚢特異的GAL4ドライバー系統を選別、スクリーニングに役立てる。メス側で働く遺伝子を同定することで、精子とメスの細胞・器官とのコミュケーションに働くメカニズム全体の理解に繋げる。
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Journal of Ethology
巻: 39 ページ: 73-87
10.1007/s10164-020-00675-x