研究課題/領域番号 |
19K06792
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研究機関 | 県立広島大学 |
研究代表者 |
菅 裕 県立広島大学, 生物資源科学部, 准教授 (30734107)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 多細胞性の進化 / ゲノム編集 / 危機と進化 |
研究実績の概要 |
単細胞ホロゾアは、動物に最も近縁な単細胞生物の一群である。単細胞ホロゾアの研究により、動物の多細胞化の仕組みに迫ることができる。単細胞ホロゾアから発見された「多細胞性遺伝子」(動物で多細胞体制の構築に使われているにもかかわらず、単細胞ホロゾアが持っている遺伝子)が作る3つのシステム、RTK(受容体型チロシンキナーゼ)シグナリング、Notchシグナリング、ラミニン様構造の単細胞体制における役割を明らかにすることを目標に研究を進めた。まずRTKについては、環境の栄養条件を変動させるとRTKの発現量もまた変化することが分かっていたが、リン酸化チロシン抗体により細胞内のリン酸化状況を調べた結果、やはり同様な変動を示すことがわかった。現在、RTK下流に位置していると考えられるMAPキナーゼの核移行を指標に、単細胞ホロゾアのリン酸化シグナルの役割を総合的に解明しようとしている。次にNotchについては、これまでの実験結果から、これが環境変動に対応し、生活環ステージを切り替えるためのシステムであるという仮説を立てた。その環境変動の一つは物理的な刺激ではないかと考え、Notch分子に直接物理的な刺激を与える実験を開始した。最後にラミニン様遺伝子については、ラミニン様タンパク質が細胞周辺を取り巻くような何らかの構造を作り、更にそれが細胞間を移動していることを示唆する実験結果が得られた。現在この現象を再確認するとともに、昆虫細胞システムを使用した人工的なタンパク質合成を試みており、最終的には合成したラミニン様タンパク質を細胞に直接作用させるなどの実験を行い、このタンパク質の機能を探る計画である。 単細胞ホロゾアの遺伝子操作に関する技術的な進展としては、安定的な形質転換細胞の作出と、CRISPR/Cas9システムの立ち上げに向け、非常に大きな成果が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
総合的に、ほぼ計画通りの成果を挙げられたと考えている。初年度と比較すると、個々の遺伝子の機能解析については目覚ましい成果が上がったとは言い難いが、その一方で、ゲノム中の遺伝子を狙って破壊するゲノム編集の実現に向け、遺伝子操作技術の開発面で計画の内容を大きく超えるような成果が得られた。特に、トランスポゾンシステムを用いた安定的形質転換細胞の作出に成功し、100%近い細胞に蛍光タンパク質が発現した株が得られている。これを使用してCRISPRiシステムの動作を検証した結果、非常にポジティブな結果が得られており、ゲノム編集の実現までもう少しのところまでたどり着いている。計画全体としては、計画通りに進まなかった部分と、計画以上の成果が得られた部分とが存在するが、総合的に言えば、ほぼ計画通りの進捗が見られたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
RTK機能解析については、細胞内のリン酸化チロシンレベルと、リン酸化MAPキナーゼの局在パターンのふたつを指標に、単細胞ホロゾアのRTKシステムが環境感知に働いていることを最終的に示したい。Notchについては、Notchが活性化するためのマクロな環境条件(例えば栄養状態など)を発見しようと実験を行ってきたが、今のところいずれの条件も仮説レベルを抜け出せていない。細胞の状態を揃えるのが技術的に難しいことが要因の一つである。もしかすると、Notchの活性化は、もう少し小さなスケール、例えば個々の細胞が置かれた状況が引き金となって起こるのかもしれない。そこで方針を少し変え、Notchが何らかの物理的刺激を受容して活性化していることを証明し、その分子機能に焦点を絞って、生物物理学的なアプローチにより研究をまとめていこうと考えている。ラミニン様遺伝子については、特に人工合成タンパク質を直接単細胞ホロゾア細胞に作用させる実験を中心に進める。細胞接着に関わる他の遺伝子としては、カドヘリン様遺伝子の役割に迫りたい。単細胞ホロゾアが持つカドヘリン様タンパク質に対する特異的抗体を作成し、タンパク質レベルの解析を行う。 以上のように、各遺伝子の解析を個別に進めることに加え、トランスポゾンシステムを用いた安定的な形質転換と、CRISPR/Cas9によるゲノム編集の単細胞ホロゾアへの適用にマンパワーを投入する。この二つの技術の確立が、個々の遺伝子の機能解析にも重要であることは明らかである。長期的な視点に立ち、本課題終了後も続けて大きな成果が出せるよう、種を蒔きつつ成果を収穫していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルスのパンデミックが問題となる中、旅費の消費がほとんど進まなかったことと、大学自体が閉鎖に近い状態となった結果消耗品の消費が少なく抑えられたことが主な原因である。次年度、この状況が改善すれば、積極的に学会等に参加することで研究成果の周知に努めることができ、消耗品も順調に消化できる。
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