研究課題
本研究では,閉鎖的海域が多く,その地理的構造が種分化に重要な役割を果たしている北太平洋に注目して(1)さまざまな分類群における交雑帯の存在とその形成範囲を明らかにする,(2)生態的特徴(分布水深・産卵生態)の異なる複数の分類群における交雑帯を比較する,(3)物理的環境(水深・海流など)の異なる複数の海域における交雑帯を比較する,ことで海産魚類の交雑帯の形成・維持機構を明らかにすることを目的とする.2019年度は,標本採集,ミトコンドリアDNA(mtDNA)および形態分析を開始した.標本採集は日本海,東北太平洋沿岸,オホーツク海でおこない,さらにワシントン大学を訪問することでベーリング海のサンプルも入手できた.まず,研究対象としたのはダンゴウオ科魚類,ゲンゲ科のクロゲンゲ類,タウエガジ科魚類,トクビレ科のサブロウ属魚類,カジカ科魚類,イカナゴ属魚類などである.ダンゴウオ科のホテイウオでは,ベーリング海と日本近海の個体群で大きな遺伝的分化が見つかり,その交雑帯が日本の東北沖に形成されていることが示された.クロゲンゲ類は日本海に複数のmtDNAの系統が存在すること,それらは必ずしも形態的な差異と一致しないことが明らかとなり,日本海北部で交雑の存在が強く支持された.サブロウ属魚類においても,太平洋に分布するサブロウと日本海に分布するシロウはmtDNAで明瞭に区別できるものの,北海道の噴火湾付近において必ずしも形態的特徴とmtDNAの系統が一致しない個体が存在し,種間交雑の可能性が示唆された.イカナゴ属魚類においては東北付近でオオイカナゴとイカナゴの2種に大規模な交雑が起こっている可能性を考察した.タウエガジ科魚類ではタウエガジとナガヅカのmtDNAと核DNAを調査したところ,タウエガジのmtDNAは完全にナガヅカのものに置き換わっている可能性が考えられた.
2: おおむね順調に進展している
2019年度は概ね予定通りに研究を進めた.標本採集は日本海・オホーツク海・日本の太平洋沿岸を中心に行った.当初は東シナ海でも行う予定だったが,より北方に分布する魚類の分析を重点的に進めたため,東シナ海での採集は次年度以降に行う予定である.ベーリング海は,ワシントン大学に訪れることにより,DNA解析用のサンプルを得て,また共同研究の進め方についても議論を行った.これにより,研究対象とする分類群のうち,北方性の種については,ほぼ標本採集が終了している.遺伝的な分析は,mtDNAと核DNAの分析を両方行うことにしているが,初年度はよりデータの取りやすいmtDNAの分析から開始した.ゲンゲ科のクロゲンゲ類,カジカ科のオキカジカ属魚類とコオリカジカ属魚類,トクビレ科のサブロウ属魚類についてはmtDNAの分析はほぼ完了している.アジ科ブリモドキについては,当初の分析予定にはいれていなかったが,予備的分析から興味深い結果が得られた.これについては次年度以降,本格的に取り組みたい.タウエガジ科魚類については,mtDNAと核DNA,および形態のデータがほぼ揃えることができた.次年度中には論文化が可能であると予想している.アマダイ科魚類についても核DNAの分析を進めており,概ね良好な結果が出てきている.個体数を増やすことによって,より強固な結果が期待できる.以上のように,概ね予定していた標本採集と分析は概ね順調に進んでいる.これらの論文執筆については予定通りに2020年度より取りかかる.
2020年度は,東シナ海での標本採集を予定していたが,新型コロナウイルスの影響で標本採集に出かけることがほぼ難しいと考えている.しかし,標本やDNA分析用の組織を保管している博物館や大学とも密に連携を取りながら研究を進めていけば,この影響はほぼ受けずに研究を進めることが可能であると判断している.また,すでに標本採集とmtDNAの分析が十分に終わっている分類群については,今年度中に核DNAの分析,特に次世代シーケンサーをもちいたMIG-seq(あるいはRAD-seq)を外注で行い,データを完全に取り終える予定である.今年度,重点的な分析を行う分類群は,カレイ科のアカガレイ・ドロガレイ・ウマガレイ類である.タウエガジ科魚類については,mtDNAと核DNA,および形態のデータがほぼ揃っているので,論文執筆に取りかかる.ゲンゲ科のクロゲンゲ類,カジカ科のオキカジカ属魚類とコオリカジカ属魚類,トクビレ科のサブロウ属魚類については,核DNAと形態分析の分析結果がそろい次第,論文執筆に取りかかる.また,交雑帯が形成されている可能性の高い津軽海峡付近,千島列島付近を中心に得られたデータを複数種で比較し,交雑帯の形成機構についての考察を行うための環境データなどの取得を行う.環境データは各種データベースをウェブ上から検索して得るため,現地に出かける必要はなく,これも新型コロナウイルスの影響を受けずに研究を進めることが可能であると判断している.学会発表もかなり制限されることが予想されるが,ウェブなどを利用して積極的に研究成果を発信する.
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Environmental Biology of Fishes
巻: 103 ページ: 283-289
https://doi.org/10.1007/s10641-020-00955-y
月刊海洋
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