自己の花粉で種子を生産する「自殖」と呼ばれる繁殖様式は、自己花粉を認識し、受精を拒絶する「自家不和合性」という生理的メカニズムが崩壊することにより、多くの分類群において独立に、複数回進化してきたと考えられている。本研究はハクサンハタザオを対象とし、自殖の進化という被子植物において普遍的に見られる進化現象を、遺伝子変異レベルおよび生態レベルの両面から説明することを目的としている。昨年度は共同研究者の協力を得て30個体の自家不和合性の遺伝的基盤であるS対立遺伝子座の同定を進めたが、国内に広く分布するハクサンハタザオの全貌を把握するには不十分であった。さらに、集団あたりのサンプル数が少なく、自家不和合性の成立に深く関わるS対立遺伝子座の集団内多型を解析するに至らなかった。そこで今年度はさらなるリシーケンスデータの拡充進めると同時に、自殖の有無が集団の遺伝的組成にもたらす影響について解析を深めた。その結果、研究開始当初は80個体分だった全ゲノムリシーケンスデータは200個体分を超え、単一の野生植物としては国内外を見渡しても例のない規模のデータを備えるに至った。リシーケンスデータは本種のゲノムサイズである250Mbpの20倍量である5Gbpを目安に取得されており、S対立遺伝子のような特定の遺伝子領域の解析から各種ゲノムワイドな解析までを実現可能にするデータベースとなっている。今年度はとくに自殖がもたらすであろう、遺伝的多様性や遺伝的集団構造に着目して解析を進めた。自殖性が確認された集団を含め、自殖性が広がっていることが予想される地域も含めた解析の結果、とくに自殖性と遺伝的多様性との間に関連性は見られなかった。これは強い近交弱勢など、自殖性が次世代の確立に貢献していない可能性を示唆している。
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