研究課題/領域番号 |
19K06848
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
秋元 信一 北海道大学, 農学研究院, 教授 (30175161)
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研究分担者 |
神戸 崇 北海道大学, 農学研究院, 専門研究員 (40648739)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | アブラムシ / クローン / 競争 / エンドウヒゲナガアブラムシ / 飼育法 / 自己・非自己認識 / 無性生殖 |
研究実績の概要 |
令和3年度は,研究計画におけるクローン間の進化動態を探るために,制御された環境下でのクローン間の競争実験を行なった.有性生殖クローンと無性生殖クローンの共存地域においては,両クローン間の競争が同一植物上で生じると予測される.どのような条件下で,いずれのクローンが優勢となるのかを明らかにするためには,クローン間競争がどのように生じ,どのようなクローンが競争に勝利を納めるのかを明らかにする必要がある. 2クローンの増殖競争の実態を正確に把握するために,まず,寒天―切葉法を開発し,寒天上においたソラマメの葉上に2頭の異なるクローンの成虫を置くことによって,15日間の増殖を観察した.この実験では,クローンの識別が必須であるため、色彩突然変異(黄色)が生じたクローンとその元のクローン(緑色)を実験に供した.各クローンから1頭の成虫を用いた1頭区,同一クローンの2頭の成虫を含む2頭区,黄色と緑クローンから1頭ずつの成虫を含む混合区を準備し,毎日のアブラムシの増殖パターンを記録した.この結果,クローンは他のクローンを識別可能であり,自分自身のクローンと他クローンの密度を把握して,成長と産子のパターンを決めていることが明らかとなった.とりわけ,あるクローンが先に増殖すると,先手を取られたクローンは繁殖率を低下させることが明らかになった. 有性生殖クローンと無性生殖クローンとが共存する地域では,早春に無性生殖クローンが先に繁殖を始める.このために,植物の質の良いスペースを無性生殖クローンが独占し,一方,卵から孵化した後に繁殖を開始する有性生殖クローンは増殖の遅れから,無性生殖クローンと共存した場合に圧倒的に不利となる.この結果,有性生殖クローンが生存可能となるためには,無性生殖クローンとは異なる株に寄生することが必要となると予測された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
有性生殖クローンと無性生殖クローンとの競争状態を再現するために,実験室において競争の実態を明らかにする実験を開始した.この試みが予想外に発展し,アブラムシ類のクローン間競争を一般的に理解するための新しい視点を得ることができた.寒天―切葉法を用いることで,アブラムシが自己・非自己認識を行えることを明らかにできたのは大きな成果である.これまで,技術的な問題のために,アブラムシがこのような能力を備えることは全く明らかにされてこなかった.この結果を取りまとめ,Proceedings of the Royal Society B 誌に発表することができたのは大きな成果である.加えて,同じ寄主植物上で共存するエンドウヒゲナガアブラムシとソラマメヒゲナガアブラムシ間の種間競争に関しても実験を行い,これらの種でも自己・非自己認識能力を持ち,仲間の個体密度とライバルの個体密度を評価して,自らの産子をコントロールしていることを明らかにできた.加えて,こうした自己・非自己認識には,体表炭化水素成分が関わっていることも,ガラスビーズを用いた模倣実験によって明らかにした.競合種及び同一クローンからヘキサンを用いて体表炭化水素成分を抽出し,この抽出物をビーズに塗布し,ビーズを葉に接着することで,ライバル種あるいは同一クローン個体の模倣とした.こうして,その葉に移植した供試アブラムシの産子に与える体表炭化水素成分の影響を評価した.他種の体表炭化水素成分は,エンドウヒゲナガアブラムシの産子速度を大幅に低下させた.このことは,他種の個体密度が高いと,アブラムシはその炭化水素成分を感知して,産子数を抑制することを明瞭に示した.全ての成果は全くのオリジナルであり,本来予定していた研究から派生した,新たな研究分野を切り開くことができたと認識している.
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今後の研究の推進方策 |
今後,2つの方針で研究を進める.第一に,寒天―切葉法を適用し,有性生殖クローンと無性生殖クローンとの実際の競合がどのように行われるかを実験室で再現を試みる.このために,有性生殖クローンを交配し,越冬卵を準備する.得られた越冬卵を3℃で4ヶ月維持する.同様に無性生殖クローンを同じ期間越冬させたのち,有性タイプの越冬卵と無性タイプのアブラムシを同一環境下の適温(孵卵温度)に置き,競争を再現する.特に,同一温度条件下での,有性生殖タイプの孵化及びコロニー増殖のパターンと無性タイプのコロニー増殖のパターンを比較する.もし,無性タイプのコロニー増殖がより早い時期から起こり,増殖パターンが極めて高いようであれば,無性タイプが越冬可能な条件下では,無性生殖タイプが有性生殖タイプを圧倒する可能性を実証できる. 第二に,寒天―切葉法を適用し,アブラムシがどの範囲のクローンを「仲間」あるいは「競争相手」と認知するのかを明らかにする.これまで,準備してきた多数のエンドウヒゲナガクローンの中から,全兄弟関係にある複数のクローン,同じ寄主植物に寄生する血縁関係のないクローン,また,異なる寄主レースのクローンを同一切葉に移し,競争実験を設定する.競争効果が生じるかどうかによって,クローン間で自己・他己認識がどの範囲で行われているのかを定量化できる.
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次年度使用額が生じた理由 |
来年度の追加実験を遂行するために,消耗品代や寄主植物の材料を確保するための旅費が必要となる.さらに,本課題研究の研究成果をオープンアクセスの雑誌に発表するための掲載料が見込まれるために,次年度においても予算が必要とされる.
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