本研究では特に雄間闘争の文脈における幼体擬態の重要性について、種内パターン及び種間比較の両面から検討した。種間相互作用の文脈での幼体擬態の重要性も論文化する予定だったが、まだ充分なサンプルが得られていないため、引き続き調査を行っている。 種内の雄間闘争については、ツバメのオスに対する雛擬態声の再生実験により、少なくとも同種オスに対してはその攻撃衝動を緩和する働きがあるとする仮説に一致する結果が得られ、2021年に論文化して公表することができた。本種では異性間の相互作用においても雛擬態が効果的であることをすでに示しているため、この論文によって、異性間だけでなく同性間においても雛擬態が効果的な戦略であることがわかり、幼体擬態の多面的効果を示唆することができた。本種が一夫一妻であり、雌雄ともに子の世話をする生物であることを考えれば、雌雄それぞれにおいて幼体擬態が作用することはもっともなことだろう。さらに、雛擬態によるオスの攻撃性の緩和は結果的に集団繁殖を促すことから、集団全体としての性質である繁殖分布様式にまで雛擬態が影響していることが示唆され、進化的、生態学的な幼体擬態の重要性が垣間見られた。また、同時に行った別の研究により、幼体擬態形質が実際にヒナの形質と(おそらく遺伝的な)関連があることも示すことができた。 これらの種内パターンによって、ツバメという単一種においては幼体擬態が進化的に意義のある戦略であることが示されたが、その一般性を示すためには種間比較を行うことが不可欠になってくる。種間比較の結果自体はすでに得られており、関連する論文は何本か出版できたものの、中心となる研究内容については依然として論文化には至っておらず、今後さらに洗練させて論文化していく必要がある。種内と種間、両側面からの証拠を合わせることで、幼体擬態の進化的、生態的重要性が明示できるだろう。
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