研究課題/領域番号 |
19K06854
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
井田 崇 奈良女子大学, 自然科学系, 准教授 (00584260)
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研究分担者 |
高梨 功次郎 信州大学, 学術研究院理学系, 准教授 (10632119)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ポリネーション / ポリネーター / 植食者 / 送粉効率 / 空間構造 / 毒性花蜜 / 毒性花粉 / 遺伝構造 |
研究実績の概要 |
本研究は送粉共生系における有毒花粉や有毒花蜜の重要性と,それが植物の繁殖成功にフィードバック効果の解明を目的とした.トリカブトはシカも忌避するほどアルカロイド(毒)をもつ植物である.この植物や送粉者に含まれる毒の定量とともに,植物形質に対する送粉者行動の応答,繁殖成功を綿密に調査した.また植物の空間分布を記録し,MIG-seq法により植物個体の遺伝構造を明らかにし関連性を解析した. 毒の分布について:個体内分布は一様でなく花蜜には毒が含まれず,花粉には葉と同等の毒が含まれていた.個体間分布に強い正の空間相関がみられた一方で,ジェノタイプ間の違いはなかった.送粉生態系において毒性花粉が作用している可能性や局所的な資源環境が毒量や成長量を制限していることが示唆される. 送粉者への直接的・間接的な効果について:送粉者マルハナバチの訪花行動の観察により,葉や花粉の毒量は,花序への訪問頻度にも,花序内やパッチ内の行動に影響しなかった.ハチが持つ花粉団子を定量するとトリカブトの毒が含まれており,確実に花粉を利用していた.花蜜に毒が含まれないことから,直接的に採餌するハチに影響しないことは予想されたが,同時に花粉も利用していた.毒性花粉による長期的なハチへの影響を評価するため,経時的にハチのサンプリングを実施した.植物の繁殖形質と毒量に連関がみられなかったため,毒生産による間接的に影響する可能性も否定された.また,空間的に毒量が多いパッチでは花粉食昆虫が少なかったため,毒性花粉は正当でない訪花者の忌避に寄与しているかもしれない. 以上より,一旦高くなった毒レベルは大型動物への防御適応であり,無毒な花蜜を作ることで,毒による瞬時の送粉生態系に与える効果は限定的である.現時点では,毒による正当でない訪花者を排除する機能の重要性が示唆されるが,送粉者が毒性花粉を利用するなど明らかでない部分もある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍によるデスクワーク量の増加や野外調査での困難(調査地へのアクセスが制限される等)と,遺伝分析の困難さから遅れが生じており当初の予定より1年間の延長を行った.しかしながら,当初の目的である送粉生態系における毒性花粉・花蜜の意義については徐々に明らかになっており,後に示す今後の研究推進によりプロジェクトを完結することは可能である.多くの情報が錯綜気味であり論文作成や発表などがやや停滞気味であるので,最終年はとりまとめに尽力する.一方,本研究中に付随して,植物のフェノロジー戦略や環境変動への応答など興味深い結果が得られ,その一部は既に国際誌に発表済みである.こうした発展的内容についても成果として挙げていきたい.
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今後の研究の推進方策 |
トリカブトは送粉生態系において,無毒な花蜜・有毒な花粉を提供することにより,送粉者であるマルハナバチに対しては即座の影響を与えず,敵対的な花粉食者のみを排除する仕組みを作り上げていることがわかった.ただし送粉者は毒性花粉も利用しており,その影響,特に季節的な毒の蓄積を明らかにするためにハチ体内のアルカロイド量の定量を行う予定である.また,毒生産が生産性の低下を介して繁殖投資に作用する可能性は検証できていない.このため,毒量と光合成能力について測定し関連性を検討する. また,トリカブトの繁殖形質は季節的な変異を持っており,季節的な開花様式は送粉者との関係を変化させていることがわかった.開花シーズン前半にはハチを誘引し,隣花受粉の影響を受けないよう開花フェーズを調節し,後半にはハチを早く去らせることを重要視した形質であった.このような送粉生態系におけるトリカブトの戦略と,毒性花粉が関連しているのか,あるいは送粉戦略と毒による防御戦略は個別に進化してきたものなのかについて,時間的な変動に着目して明らかにする. 以上をもって,毒生産,生産性,繁殖投資,さらに個体の空間分布の連関を明らかにすることで,送粉生態系や草食の大型哺乳類を含めた生態系全体における生物間相互作用において,毒が果たす役割を明らかにする.
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次年度使用額が生じた理由 |
プロジェクト全体の進展の遅れから一年の延長申請を行った.それにあたり,支出額も減少し,次年度での利用を希望するため.
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